第26話 10年前のある日
〜10年前〜
退屈だ。
殺すのも飽きた。
生かしておいて、苦痛に歪む顔を見るのも疲れた。
快楽漬けにして壊すのも、痛みと恐怖で叫ぶ姿も、適当な組織を潰して回るのも、飽きた。
自分の予想を超えるものは何一つなく、
知らないことも一つもなく。
退屈だ。
つまらない。
「……よぉ」
入ってきた人物は知っているので、視線も顔も向けない。
ヒュンッとナイフが飛んでくる。
それを左手の人差し指と中指で受け取る。
「……さすが」
「…………」
相手の足元に投げて返す。
足音で位置はわかる。視線なんて向けなくても十分だ。
「ここ、おいとく」
パンと水を机に置いて、男もその場で座った。
「よくここに来れたな」
「は?……あー。…ははは。やっぱ知ってるか」
「………………」
こいつはこの組織の下級組員。
こんな食事配達なんて面倒な仕事を、わざわざ自分からやりたいと言ったらしい。
まぁ、目的なんて見え見えだけれど。
組織組員として働いているが、こいつは別組織からスパイとして潜入している。
それがバレたらしい。
本人が知ってるかどうか知らないが、9日後に殺されるのはわかっている。
「なぁ……。お前、いつも暇そうだな」
「…………で?」
「俺が何言おうとしてるか、わかるか?」
「はぁ……」
チラッと男に視線を向ける。
体にピッタリな黒いタートルネックと動きやすそうな黒ズボン。
灰色のコートを羽織っているが、前は閉めていない。
日本人らしい顔、という表現がピッタリな顔してる。
真面目で几帳面。少し神経質そうで、疲れが見える。
「……何取引したいの」
「内容までは予測できないか?」
「……バカにしに来たなら帰れば?」
「いやいや!バカにしに来たんじゃない。
お前がどれほどすごいのか、知りたくてな。
お前の世話係になって5ヶ月くらいか?
俺はお前のことをまだ何も知らない」
「知る必要ないだろ」
「なんで?」
「どうせ死ぬんだろ?
死にゆくやつに教えるものなんてないね」
「…そうだな。なら、もうすぐ死ぬ俺と、賭けをしないか」
そいつは、にやりと笑った。
9日後、組織組員がある森で一つの遺体が発見。
歯の治療痕さえわからないほどの酷い焼死体だった。
死体周辺にあったものや燃え残った衣類。
体格や行方不明リストとの照合。
そうやって調べられた結果、この身元不明遺体はスパイ疑惑をかけられていた男だったことが判明。
追い詰められて自殺したが、男が所属していた組織に口封じに殺されたか。
裏社会ではよくあることだ。
スパイとバレた時点で、バカな人間だったことに変わりはない。
〜・〜
ただ、愛していた。
守りたくて、ずっと一緒にいたいと願った。
ただ、それだけを望んでいた。
それなのに。
──あっけなく離された手
──簡単に奪われた大事なもの
ついに"ヤツら"にバレた。
俺は殺される。
だったら、最後に
悪魔に命を売ろう。
俺は、震える手で"いつもの扉"を開ける。
いつか見たことのある、その姿は変わり果てていた。
「よぉ」
返事はない。
まぁ、それはいつものことだ。
その頭に向かってナイフを投げつける。
案の定、簡単に受け止められ、投げ返された。
「さすが」
悪魔は無言を貫く。
全てを知り尽くし、退屈しているような表情でじっと窓を見つめている。
今日はゲリラ豪雨で、窓を伝っていく雨水のせいで窓からの見晴らしは悪い。
さぁ、どう駆け引きを持って行こうか。たとえもう幾ばくもない命だとしても。
絶対に守ってみせる。
彼女が愛したーーーーを。
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