第23話 The Past of Blood Ⅲ

〜彼らの過去 最終試験〜



精神破綻寸前で帰ってきたジュン。

いつまでたっても帰ってこなくて、まぁあいつなら大丈夫だろうと思って眠っていた。

突然首をナイフで首に触れられて驚いた。

深く眠っていたつもりはなかったのに。

なのに気づかなかった。

今日別れた時とは全く違うジュン。

初めて泣いた姿を見た。

何があったが、知っている。何が起こるか知っていて行かせた。

だが、まさかこんなに取り乱すとは。

私はいつも淡々とこなしていたから。

──ガチャリ

大人が来た。外組の9人が立ち上がる。

ジュンは起きない。

今日は記憶のテストがない。

このまま起こさずに行こう。

その方が、いい。

扉を出て、ついて行く。

この先に何があるか知っている。

これから何をするか、知っている。

そして、俺は…。

ゲージのような場所に9人入れられる。ゲージの中には何もない。

「さぁ、今日が最後だ!」

私を除く8人が、声をあげた大人を見た。

その目が輝いている。

やっと、やっとこの地獄が終わるのか、と。

「ここから出れるのは1人だ!制限時間は15分。過ぎれば…」

──ガチャッ

ゲージを取り囲んでいる大人たちが俺たちに銃口を向けた。

マシンガン。

あれを撃たれたら体が蜂の巣になる。

「いやだぁぁぁ!!もう嫌ダァァァァ!出してくれっ!あああああああ!!!」

8人が、ゲージの格子にしがみついて叫ぶ。

出してくれ。

もうやめてくれ。

他のことなら何でもやるから。

それだけはやめてくれ。

私は動かなかった。知っていて来た。生き残った9人。記憶組は24人。

最初にいたのは2300人だった。

全員小さな赤ちゃんで、5年ここで生きてきた。

今日、8人はここで死ぬ。

生き残るために必死だった。

1人じゃできないことはみんなで必死にやってきた。

少しでも生き残るために。

自ら死を選んだ者もいる。

日常テスト開始と同時に自分の喉元をかき切った奴が何人もいる。

自分の服を使って窒息死した者もいる。

親友同士でお互いを殺しあった者もいた。

それでも必死で生きてきた。

泥水でも有毒植物も屍肉も食らって生きてきた。

袖口からナイフを滑らせる。

泣きわめく同胞。嘲笑う試験管。愉快そうな笑みを浮かべる監視員。

ここから逃すなんて簡単だ。

だが、逃してどうする?

今更表でも裏でも、イレギュラーに育てられた私たちに生きていける場所はない。

常に現状を把握し、常に予測する。

そこから導き出した未来を、無理やり思い通りに曲げて行かねばならない。

ここで泣きわめくこいつらは、未来予測どころか現状理解さえできてない。

生かしても、酷い死に方しかできない。

──悪魔になろう

私が絶対的悪で、他の全てが善になればいい。

絶対的善になど、何の強さもない。

人間の思考は恐怖によって突き動かされるのだから。

私たちは愛を知らない。

私たちは愛することを知らない。

私たちは、表の人がどんな顔で笑っているのか知らない。

私たちは、当たり前の幸せを知らない。

私たちは、ここだけが全てだった。

だから、ここで全て終わらせるしかないのだ。


〜・〜 


ビー、ビーとセンサーが鳴る。

何が起きてるのか分からない。

部屋にいるみんなが不安げだった。

──バンッ

扉が開いた。

返り血と傷だらけで服を真っ赤に染めたゼロが入ってきた。

俺を見つけると、無理やり立ち上がらせる。

首にナイフを当てられ、引きずられるように部屋から出される。

部屋を出て扉が閉まったところで、ゼロは俺の首からナイフを外し、手を引いて走り出した。

ゼロが向かったのはシャワー室。

センサーは鳴り続けている。

ゼロは、俺の服を奪って自分の服も脱ぎ俺に渡した。

手渡されたということは着ろということだろう。

迷わずそれを着た。

ゼロは水で雑に体を洗い、血を流した。

そのあと、俺の袖からナイフを取り出すと、俺に斬りかかってきた。

壁際に押しつけられているせいで身動きが取れない。

ナイフで次々に傷がつけられていく。

でも、おかしい。

どれも薄皮一枚程度の浅い傷だ。殺す気はないみたいに。

ある程度傷をつけたあと、ゼロは俺にナイフを渡した。

「どこでもいい、5箇所深く刺せ」

「はっ?」

「早く!」

ためらいながら、俺はゼロの肩、腹2箇所、太もも2箇所に深くナイフを突き刺した。

ゼロは苦しそうに顔を歪めている。

「ゼロ…」

「走れ」

「え…」

「道は覚えてるな?この前地図で教えた道を走れ!」

「何、で…」

ゼロが、自分の血をべったり手につけ、俺に向かって飛散させた。

俺の顔や首に飛び散った血がつく。

そのままの手で、ゼロが俺の右頬に触れた。

「俺のことは気にするな。いいな?俺が言った通りに動け。全部できたら、あとはお前がしたいことをするんだ。

お前なら、表社会にだってすぐ溶け込める。お前みたいな記憶力のいいやつを助けてくれる奴だってたくさんいるはずだ。俺は、俺の方は自分でできる」

カシャン、と足に付けられていたプレートが外れた。

ゼロは、1234と書かれたプレートを自分の足首につけた。

0と書かれたプレートは、俺の足元に無造作に置く。

「走れ!…必死で生きて生きて生きるんだ。

生き抜くんだ。

俺たちは、生きるしか、ないんだっ!

お前が、死んでいった奴らに何か感じてるなら、お前にしかできないことを考えるんだ

何もなくたって、何かにすがってでも、

跪(ひざまず)いてでも、這いつくばってでも…

恥かいたって、足がなくなったって、腕がなくたって前見続けるんだ。

でも、絶対に、生きている誇りだけは捨てるなよ?

ジュン、人を愛せ。ゴホッ。さぁ、ジュン、

まっすぐ前だけ見て走れ!」


そのあとは、一心不乱に走った。

一度も振り返らずに、走り続けた。

怒号と呼び止める声。

追いかけて来る大人たち。

いつのまにか公園という場所にたどり着いた。

疲れすぎて動けそうにない。

でも、追っ手が来る。

逃げなければ

隠れなければ

目の前に広がる森に足を踏み出た。

しばらく必死に走り続けると、広けた空間が広がっていた。

廃墟と化している屋敷がある。

ポケットに入っている針金を手にし、その屋敷に近づいた。

人が住んでいる様子はない。

鍵を開け、中に侵入した。

鍵を閉め、ゆっくり進む。

電気はつけない。

灯でバレては困る。

二階に上がる。

1番奥の部屋に、押入れがあった。

そこに入り、閉める。

天井部分を外し、体を滑り込ませて天井板を戻す。

その板を、重りのかわりに自分の体を乗せ、うずくまる。

そのまま、ゆっくりと眠った。


〜・〜


「まっすぐ前だけ見て走れ!」

弾かれたようにジュンが走り出した。

一度も振り返らずに。

その背中が、通り過ぎていくのを、ただじっと見ていた。

足に力を入れたが、太ももの傷のせいで立ち上がれない。

「おい!誰だっ!」

「おい!広間にいた記憶媒体が、0が1234を脅してどっか連れてったって言ってた!」

「は⁉︎ 意味わかんねぇ!」

廊下からそんな声がする。

その会話をしている2人は、シャワー室の前を通り過ぎていく。

すぐに別の足音がした。

ズカズカと近寄って来る音。1人か。

私は、その場にうずくまった。

「誰だっ!……って、おい!大丈夫か⁉︎」

焦って近寄ってきた大人──男は、人の良さそうな顔をしている。

1234と書かれたプレートを見て、男の顔が歪む。

電話をかけると、必死で止血を始めた。

「頼むから、生きてくれよっ」

その様子。

なんて、わかりやすいんだろう。ふっと、少し笑ってしまった。

それを見て、男の動きが少し止まる。

「心配いらないよ。そんなに見た目ほど酷くない」

「…お前、誰だ」

恐怖でも、絶望でもない、その瞳。

強い光を持った瞳。

その頰に手を伸ばした。

この瞳に似た、あの瞳が羨ましくて。欲しかった。少しでいいから、この瞳に映りたかった。

目を閉じる。

遠ざかっていく背中を脳裏に焼き付けた。

目的は達成させた。

次だ。

次は、記憶組の試験がある。

今の傷より酷い傷を受けたことなんていくらでもある。

明日の試験に支障はない。

だいたい記憶媒体の試験なんて、記憶した情報の開示だけだ。

まずは、私の存在を組織が隠したがるようにしなければ。

大人がバタバタと入ってくる。

そこで、私の意識は途切れた。


翌日、予定通り試験が行われた。

24人中、合格者は21人。

この試験の1ヶ月後、記憶媒体一機が情報取引デビューを果たす。

史上初、組織初のその取引を行った記憶媒体のナンバーは、No.21。

育成段階で"1234号"と呼ばれていた一機である。

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