第24話 嘘つき
私たちは、抱きしめあって泣き続けた。
やっと泣き止んだ頃、私も彼もいつのまにか疲れて眠っていた。
私が目を覚ました時、隣には彼がいた。
目が少し赤く腫れている。
上体を起こし、その瞼にそっと触れる。
触れた瞬間にパシッと手首を掴まれた。
そのまま再び布団の中に引き込まれる。ぎゅっと抱きしめられた。
「お前がゼロだったのか」
「…あは?」
「……あは?じゃねぇよ。記憶媒体No.000じゃなくて、No.000がゼロだと思ってたんだ、俺は」
「ね、ね。再会した時にレイと名乗っていたのは、わざとですか?」
「………うるさい」
「話し方とか、当時の私に似てるのは似せたからですか?」
「………ちょっと黙れ」
「意外に可愛いですね」
「…………………」
彼に両頬をブニッと伸ばされた。
痛い痛い。
伸びる!
まだ若いのにダルンダルンになる!
「……お前、最終戦闘試験、…」
「……そこには触れないでおきませんか?」
「いや、…お前が余計なことしたせいで俺がどれだけ苦労したと思ってんだよ」
「え?聞こえないです。もう一度お願いします」
「………だから、」
「え?」
「……おい」
はぁ、とため息をつきながらも許してるあたり、この男は私に甘いと思う。
ま、私可愛いからね!
もしかして、初めて会った時からこいつのドストライクだったりしてー!私すごーい!
「……何勘違いしてんだよ。お前の笑い方が気持ち悪くて印象強かっただけだ」
「酷いです…」
「ってか、あの時声低めだったし、自分で俺って言ってたけど?」
「あー…まぁ、外組で生き残れるのは男ばっかりだったから、ね」
「へぇ…。まぁ、どうりで細いし柔らかいわけか。女だったなら納得だな」
「……はい?」
「俺に色々戦い方とか実戦で教えてくれただろ。そん時、外組なのに筋肉の硬さねぇなと思って」
「え……。そんなこと思って私に投げられてたんですか?………変態ですね」
「………お前、ほんっと失礼なやつ」
「どっちがですか!」
最終戦闘試験、ね。
結論から言えば、あの場にいた"人間"は殺した。
仲間からも、その場にいた大人からも私が敵だと思わせるように仕向けた。
もちろんその場にいた全員、私を敵と認識して襲ってきた。
何もしないで無残にいたぶられて死ぬなんて、もういいだろうと思ったのだ。
それならいっそ、全員で悪を滅ぼそうと全力で戦って死んだ方が、きっと幸せだった。
なんて、それは私のエゴだ。
あの場にいた大人にはもちろん苦しんでもらわなきゃね。
全員の肺にナイフを突き刺した。
そのあと、さらに足を奪った。
呼吸がどんどん苦しくなっていき、さらに出血が止まらない恐怖で大人は泣き叫んでいた。
自殺しようとした大人がいたので、指も奪った。
残忍だと言われるだろう。
道徳なんてものは一切存在しない行為だ。
けれど、私たちはそれが日常だった。
「……お前のせいじゃない」
「何の話ですか?」
突然話を振られ、思考を現実に戻す。
憂げに目を伏せ、私の首に顔を埋めている。
後ろから抱き込むように腕が回してあり、その腕の力が少し強められる。
ずいぶん人間らしくなったと思っていたのに、まだまだおバカさんのようだ。
あれだけ教えられる物を全て教えたというのに。
「後悔、ですか?」
「後悔…?」
男はしばらく考え込んだ。
その間、私を抱きしめる腕の力は全く緩まない。
というか、私まだ全裸なんだけど。
そろそろ服欲しい。
「後悔、ね。……確かに、そうかもな」
あの日、自分が最終試験に行けばよかった。
あの日、足のタグを交換しなければ。
考えられる"たられば"なんて今は意味がない。
それに、何に後悔してるのか聞かなくても、ずっと一緒にいた彼の思考なんてわかる。
バーカ。それに、これでよかったんだ。お前は優しいから、きっと死ぬまで悩むだろう?
私はそうじゃない。
後悔なんて一つもない。
羨ましいよ。
そんな綺麗な心が。
私を抱きしめる男の腕にそっと触れた。
細い。でも、あの頃に比べれば全然違う。
いつ折れるかわからない頼りない腕だったそれが、今は私を強く抱きしめている。
「お前はバカだな」
突然男が口を開いた。
突然話しかけられたことにも驚いたが、内容もビックリだよ!なんだと!
あんなに親切に助けてやったのに!
仮にも一応恩師だぞ!
なんてね。
本当に助けられたのは、私の方だったけど。
「…あなたといい勝負ですよ。バカさで言えば、ね」
あれから何年だったのだろうか。
私たちは今日、また朝を迎える。
朝日が窓から差し込んできた。
カーテンから漏れる太陽の光が、薄暗い部屋を照らす。
男は食欲がないようだったので、適当に作って口に突っ込んでやろうと思う。
男から上着を奪い取って身に纏った。
お前はどうせインナー着てるから、1枚取られてもいい寒くないだろ!
私は下着もないんだぞ…。
そろそろくれよ…。
「……食べるもの持ってきますから、もう少し休んでてください」
「………別に食わなくてもいいけど」
「ほほぉ?……どの口が言うのかなぁ?このほっそい、ダシにもならなそうな骨みたいな体してるその口が言うのかぁ?」
鬼逸の頭を拳でグリグリする。
「うわっ…。おい、やめろ」
「だったらちゃんと食べてください」
「……お前がゼロだったのかって思った瞬間からお前の敬語が気持ち悪い」
「さっきから酷すぎませんか?」
はぁ、と溜息をつき、男を無理やり寝かせて布団をかける。
「ちゃんと休んでてくださいよ。あ。あなたが作ったタバコ没収です。というか、普通のタバコも持ってるんじゃないですか。吸うならこっちにしてください」
「……」
「返事は?」
「……はい」
よしよし。
部屋を出てキッチンに行く。
栄養があって、食べやすいもの。
何作ろうかなぁ…。
やっぱり雑炊の方が食べやすいか。それとスムージーでも持っていけば、なんとか食べてもらえるだろう。
出来た物を持って部屋に戻った。
男が上体を起こして外を見ている。
今日の空は綺麗な青空だ。
秋の、特徴的な高くて色の薄い空。
雲も薄い。柔らかな太陽光が窓から入り、美しい光の筋になって部屋に入ってくる。
「……鬼逸さん?」
「…もう普通に話せよ」
「あー。…わかったよ」
「なぁ」
「……なに?」
「俺たち2300人のことなんて、知ってるやつもうほとんどいねぇんだな」
「…そうだね。君も、湊──逃走した時からはゼロだと思われていた──は死んだと思われてるから、生きてると知られてるとしたら私くらいなんじゃないかな?」
「確かにここで生きていたことも、必死に生きようとしてきたことも、存在さえ知られないまま。あいつらは、死んでいったんだな」
「……君、やっぱバカだよ」
「…………」
ベッド脇の机にお盆を置く。
そのままベッドに腰掛け、窓を見る。
「"外はすごかったんだ。
空がすごく高くて、雲はふわふわしてて、太陽が全てを照らしてた。
砂は全部不揃いで、花は天を仰いで誇り高く咲いてた。
風は生ぬるかったけど、髪が揺れた時気持ちよかった"」
「……よく覚えてんな」
「そりゃね。一回聞けば覚えてるよ。君が初めて外に出た時の感想」
懐かしむように男の目が細められる。
帰ってきた彼が。自分が今まで外組が何をしているか知らなかったことを許せないと泣いていた。
訓練なんて言えないような、大人の加虐嗜好者の欲を満たすためだけに死んでいった同胞たち。
「君は、何かを感じて、思って、考えて生きてる」
「………?」
「でも、もう2298人は2度とそれが出来ない。青い空を見ずに死んだやつもいる。文字も読めないまま死んだやつもいる。何が起こってるかわからないうちに食われたやつもいる。
私もそうだよ。
今でも、仲間も大人も、殺したってことに別に何も感じてない。
君みたいに後悔もしてないし、それが悪いとも思っていない」
「………………」
「でも、君は違う。私たちが過ごした日々を疑って、考えて、感じてた。
今やってることが悪だと君は当時思った。
誰にも教えてもらえなかった"心"を、君は自分の力で掴み取ったんだ」
手を窓の方に伸ばす。
指の間から太陽の光が漏れてくる。
眩しくて目を細めた。
「私には出来なかったことだよ。
すごい。羨ましかった。
あの日、泣いて帰ってきた君を見て、私は確かに感動したんだ。君が泣いているのを見て、君が泣いている理由を知って、泣いたんだ。
君は俯いていたから見えなかったでしょ?」
「……知らなかった」
「本当は、最終試験から帰ってきた君を殺して、あそこにいた大人も殺すつもりだった。その方が楽だからね。そのあとなんて、いくらでもやりようもあるし。
でも不思議だね、心って。
それまで、自分より勝る大人をどうやって苦しませて殺すかを考えてたのに。殺される同胞を見たって、弱いのが悪いと思ってたんだ。
考えもせず突っ込んで行って死ぬ同胞たちを、私は見下していたんだ」
パフッとベッドに横たわる。
目を閉じて思い出す。
生きたいとか死にたいとか、そんなこと思える瞬間さえもらえなかった。
ただ痛みと、これから何をされるかわからないという未知にたいする恐怖。
自殺していった同胞は、心があったのだろう。
自殺しなかった同胞は、自殺するということさえ知らなかった。
ただ、成功して残るか失敗して嬲られるか。
「君は自分に疎いだけだ」
「疎い?」
「そう。すっっっごい色々感じたり思ったりしてるのに、それが何て言う感情なのかを知らないだけなんだよ」
「……そうか。……なるほど、そっか」
「そう。私はまだ心なんて知らないし、君のように心からの涙なんて流せないけど…。
そんな私が、今の君の状況を言葉にして教えてあげよう」
「……なんで敬語じゃなくなったら高飛車になるんだよ」
「君のシショーだから?」
「……もういい。次」
うわ、こいつ痛いヤツだ、みたいな目で見られたけど気にしない。気にしないぞ。おねーさん大人だから
「一言で表せば、キャパオーバーってことさ」
「キャパオーバー?」
「そう。人間風に言うと、おまえストレス溜めすぎ〜、ってこと」
男の方を見てにやにやしながら髪をぐしゃぐしゃと撫で回す。
うわっ、ちょっ、なんて言いながら慌てている。
きっといつか救われるとか。
死んだやつの分まで生きろとか。
死んだやつを私たちは覚えてるとか。
忘れちゃいけないとか。
そんなことは思わない。
死んだやつは死んだやつだ。
もう何も感じられないし、思えない。
何かに触ることもできなければ、もうここに存在しない。
墓もない。何も残っていない。
「ここで君が悩んでもなーんにも変わらないのさ。
そいつらの分まで生きる、なんて思ってんのかわかんないけどさぁ?
そんなこと考えるなら、今何をしなきゃいけないか考えればいいんじゃない?」
「今何をしなきゃいけないか?」
「そう」
男の頭から手を離す。
こいつといると自分が自分じゃないような感覚になる。
自分にも人を思いやれる心があるように錯覚する。
そんな心、持ち合わせていないのに。
優しすぎるから
もっと自分にも何かできたんじゃないかなんて思ってる。
あそこから出るなんて、私とこいつにとっては何の苦でもなかった。
まぁ、この人は逃げるってことは考えてなかったみたいだけど。
「知られてないだけで、生まれたことさえ知られないまま誘拐されたり殺されたりする子供って、今生きてる人間の人口より多いんだよ」
「…それは、組織にか」
「そう。私と言う記憶媒体の成功例が一機あるからね。どこの組織だってこぞって作ろうとするわけだよ。
私たちは、その最初の犠牲に選ばれただけさ」
「……………」
ベッドから立ち上がる。
窓の方へ歩く。
窓を開くと、ほんの少し冷たい風が入ってくる。
スゥッと吸い込む。
「……お前」
呼びかけられて振り返る。
窓の淵に座って、その瞳を見返す。
「記憶媒体としての自分は廃棄命令をされたから死のうとしたって言っただろ」
「言ったね」
「あれ、嘘だろ」
「嘘じゃないよ」
にっこり笑い返すと、男が不快そうに目を細めた。
「君は感情的になったね」
「話そらすな」
「そらしてないさ。
私は嘘をついてない。」
「自分には心なんてないと言ってるけど、お前は最初から心持ってたと思う」
「……意味わからないよ」
「ペットボトル」
「………?」
男が目を伏せる。
「初めて食料と水もらった日、その使い方と食い方知らないやつを俺は夜通し見てた」
「そうだね。君は泣き叫んでいたみんなをずっと見てた」
「そんな俺を見て、お前は動いた」
「それが?」
「最初、」
「…………?」
「お前に初めて会った時、瞳が綺麗だって伝えたくても言葉を知らなくて」
「あー。なんか不思議な音発してたね」
「…言葉にしてないのに、俺の言いたいこと汲んで理解した時、笑った」
彼がふわっと笑った。
演技じゃないその笑みを見るのは久しぶりだ。
「それと、初めて入れ替わった日。帰ってきた時覚えてるか?」
「…あー、時間制限までに生き残れってやつか。自分を殺す大人に見つからないようにしろってやつ?」
「そう。帰ってきたお前は飄々としてたけど、泣きそうな顔してた」
「え」
「お前は、自分の担当者が死ねば退出できるって思ったんだろ」
「うん」
「お前にしては変なやり方だと思ったんだ」
男がベッドから出て私の方へ歩いてくる。
「なんで自分で殺さなかったのか、ずっと気になってた」
「……記憶媒体候補が人殺したらまずいでしょ」
「自殺に見せかけるなんて、お前には呼吸くらい簡単だと思うけど?」
「………」
あれ?確かにどうしてだろう。
確かに、言われてる通りだ。
別に考えなくたって、あの大人が部屋に入ってきた時に拳銃を奪い、顳顬に当てて発砲するなんて造作もない。
他にも色々方法はあった。
「…お前はあの時も嘘ついたな」
「だから、嘘なんて1つも、」
「お前があの時自殺させたのは1人じゃねぇだろ」
「………………」
「なんでわかったかって?バカか。お前は嘘つかないから、情報を求めて大人がたくさんきたって言ってたな。
お前が自分の担当者殺す前に相手にしたのは16人だったらしいな?
なら、なんで死んだ子供の数がその時点で10人だったんだろうな?」
「………………」
男は私の目の前まで来て止まる。
あの時は、身長差なんてほとんどなかった。
パンしか食べさせてもらえなかったし、栄養状態は最悪だった。全員痩せこけていて、表社会を知ってから初めてわかった。私たちはあの時、生きている者さえ見てられない容姿をしていたに違いない。
五歳の子供がやることなんて1つも知らない。
読み聞かせも、遊びも、友達と走り回ることも。
「今言った全部、心がなきゃやんねぇよ」
「……………」
「お前は殺した大人を見て、ざまぁみろって思ってたんだ。だから、あんな顔して笑ってた」
ふわり。
男が私を抱き寄せる。壊れ物を触るようにそっと。壊してしまわないように。
「……お前、あの日にいた大人35人。…全員自殺させたな?」
「……………」
「お前は、自分が退出した後4人死んだって言った。それも嘘だ。もうすでに虫の息だった4人をお前が殺した」
「……………」
「エゴだろうと何だろうと、それは慈悲と憎悪ってやつじゃねぇの?」
耳元で聞こえる声。
こいつを逃して、遠ざかっていく背中を見た時、計画通り、と思っていた。
そのための一手のために逃した。
そのはずだったのに。
無意識に、頭の片隅。
生きてほしい。そのまま真っ直ぐ、変わらずに。
そう、"思っていた"。
男の首に腕を回し、抱きしめ返す。
「そうだね」
綺麗な瞳。
綺麗な心。
あれから十数年間、君はたくさん人を殺した。
優しい君は、人を殺すたびに自分も壊れて。
バカな人。
ズルリ、と男の体から力が抜ける。
その体を支えるが、全体重がかけられたせいでうまく立てずにしゃがみこむ。
私は右袖に針を隠し持っていた。すごく細いから、彼は刺されことさえ気づいてないみたいだったけど。
「君は私にそんな心を求めたかもしれないけど。そんなもの、私にはないよ」
そっと頭を撫でる。
ただの眠り薬。少し強めだけど…。
「まぁとりあえず、不眠症気味の君をゆっくり眠らせた上で、しっかり食べてもらえるようになることが優先だね」
グッと足に力を込める。
ベッドまでなんとかたどり着く。
肩に腕を回して支えればそんなに重くない。
女に支えられる男とか…
しかも私身長低いんだぞ!
筋力量も違うし。
まったく
手間のかかるお子様だこと
さて、次はどうしようか。
選択肢は2つ?
こいつがまともな睡眠と食欲を取り戻してから動くか。
もう今から動くか。
「まぁ、もう時間ないんだけどね」
床に座り込み、ベッドに寄りかかる。
もうすぐ始まる。
最初の一手が。
「ねぇ、ジュン。"俺"に心があるとするなら、それは、」
天井を仰ぐ。
この心にあるのは、たった一つ。
最強の殺人兵器として、最高の記憶媒体としての完成品である自分。
そして"彼には"抑えられない殺人衝動がある。
私は考えたくもない計画をかってに頭の中で完成していく。
私は知りたくもないことでもすぐにわかってしまう。まるでそれが当たり前だと言うように人を殺し、情報を吸収していく。
私はもう人間にはなれない。
誰か、私を止めてくれる人があるとすれば…。
そんな人が存在するというなら、
それはきっと…。
〜・〜
……こいつっ!
体動かねぇよ。ふざけやがって。
俺が5年もあんなタバコ吸ってたの忘れてんのかよ。
体動かなくても意識くらいあるんだわ。
「まぁ、もう時間ないんだけどね」
ズルズルとベッドに寄りかかって座り込む音がする。
やっぱりまだ何か隠してたか。
「ねぇ、ジュン。"俺"に心があるとするなら、それは、」
そこで言葉を切られる。
何が言いたかったんだ?
というか、1人でいる時そんな話したりするものか?
もしかして、聞こえてんのわかっててわざと口に出してる?
どこまで策を巡らせてるのかわからない。
一歩も気は引けない。……まぁ、クスリ打たれてるけど。
「〜〜〜〜〜〜〜」
声が小さすぎて聞こえなかった。
今、なんて言った?
そっと布団がかけられた。そっと頭を撫でられる。
「さて、と。まぁ、君なら自分で体くらいなおせるよね、きっと」
やっぱり聞こえてんのわかったんのか?
「先に動きますか」
ギシッと音がする。
立ち上がったようだ。
そのまま足音が遠くなっていく。
クスリを打たれたってことは、今はついてくるなってことか。それなら、なんでこんなやすやすと俺に捕まってきた?
予測できていたはずだ。
それどころか、物陰で見ていたことだって。
お前がしたいことが、俺にはよくわからない。ほんの一部だって理解できたら、お前は今も笑ってたのだろうか。
泣きそうな顔をしていることを、自分で気づいているのだろうか。
どんなクスリを使ったのかわからないが、起き上がれるようになったのは夕方だった。
水を飲もうとキッチンに行くと、ゼリーやサラダチキンが置いてあった。
一度買い物して帰ってきてから出て言ったようだ。
服は俺の服を着ていったらしい。何着かなくなっていた。
時間がない、と言ってたな。
何か動き出したのか。
ゼリーとサラダチキンを食べながらパソコンを開く。カタカタとひたすら情報収集を進める。
なるべく遅れをとらないよう常に情報は頭に入れておくべきだ。
そんなにめぼしい情報はないように思うが…。
「……っ」
1つ、見つけた。
無名組織が動き始めたらしい。
記憶媒体が自分で戻ってきた。情報取引を再開する、という内容だ。
今まで何をしていた?という尋問に対しては、何も覚えていないと答えているらしい。
この情報が上がったのは昼頃。
あいつ、動くの早すぎだろ。
組織も組織だ。帰ってきてそうそう使い始めるか?普通。
──ピーンポーーーーン……
インターホンが鳴った。
もちろん、ここに誰か来るわけはない。
このクソ忙しい時に…。
パソコンを折り、コップの水をそれにかける。
パーカーとズボンにいつもの装備があるのを確認する。
1番大きな引き出しを抜く。
鍵穴部分を回してそれを取ると、その中身の液体を部屋中にぶちまける。
──ピーンポーーーーン、ピーンポーーン
なり続けるインターホン。正直しつこい。
「すみませーん!どなたかいらっしゃいませんかー?」
インターホンって連打するものじゃねぇだろ。そう思いながら、次々に引き出しを開けては鍵穴を回してとり、中身をぶちまけて行く。
変装道具と薬品庫には重点的にそれをぶちまける。
「すみませーん!開けてくれないと、…こちらから開けますよ?」
「あー、今行きますー」
ダルそうな若者の声を真似て答えた。
まぁ、開けてやるわけないけど。
二階の窓を開ける。見張りはいない。ぬるいな。
ライターをつけ、部屋に放った。
それと同時に飛び降りる。
──────!!!!!!
とてつもない爆音とともに家が吹き飛ぶ。
受け身を取りながら着地し、転がった。
うわぁ!なんて悲鳴が聞こえるので、どうやら相手はまだこの状況についていけてないらしい。
何?なんだ?と近隣住民たちも騒ぎ始めている。
空は薄暗い。黒パーカーを深く被り、人混みに紛れた。
まぁ、不審に思われたとしても俺は悪くないし。とういうか、被害者だし。
探せっ!と声がする。
やっと俺が逃げたことに気づいたらしい。
"ずっと俺のそばにいた"くせに、こんなことに機転もきかないなんてな。
まぁ、この先で待ち伏せされているのは考えなくてもわかる。なぜなら、俺の家に来たのは"片方"だけだったようだし。
"もう片方"は別のやつと先回りってところか。
黒のパーカーを脱ぐ。ズボンもパッと脱ぎ、ゴミステーションに放ってマッチで火をつける。
もとから下に着ていたシャツとジーンズになる。
ジーンズでは少し動きにくいが、問題はない。
髪は少し編み込んでピンで止める。
ポケットに入れていた眼鏡をつける。
そのまま振り返ると、騒ぎの中心。
慌てて部下に指示を出しなおし、必死に対応している、見知った顔。
ま、来ると思ってたよ
──幸架。
冷静さのかけらもない焦ったその顔を見て、俺は笑った。
"あいつ"は意味なく出て行ったり、次の行動を始めたりしない。
自惚れではないが、特に、俺のことに関してはなおさら。
そうだろう?"ゼロ"。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます