第22話 The Past of Blood Ⅱ

〜彼らの過去Ⅱ 5歳〜

※グロテスク注意


私は5歳になった。

あの部屋から出た日から今まで。

あの部屋から出てきたのは872人。

そして、今まで生き残っているのは185人。

これまでに687人死んだ。


絶食、毒、無人島に放り出された時もあった。

突然服を着たまま海に投げ出され、泳いで帰って来いと言われたこともあった。

今日は別の建物で何かするらしい。

いくつかのグループに分けられた。

私のいるグループは30人だ。

先導の大人について歩く。

建物が見えてきた。

コロシアム?か?

その中に入っていく。

中に入ると、中心部で2人が戦っていた。

客席はほとんど満席。盛り上がっている。

1人死んだ。

歓声が上がる。勝った男がこっちに気づき、ブンブンと手を振ってきた。それに気づいた先導の大人が、階段を降りていく。

私たちはそれについていった。

「お待ちしてました!」

「あぁ、今日はこのガキどもを頼む」

「はいはい。でも、こいつら運ないっすねぇ…。組織一腕が立つ俺が相手なんて」

「手加減は不要だ」

「えー!全滅しますよ?」

「構わない」

「うわー、鬼ですね」

先導してきた大人は、くるりと回って客席に戻り、座った。

いや、待てよ。なんか指示していってくれ。

何すればいいのかさっぱりわかんないんだけれど。

「さぁーてと。ガキども、今日は俺と遊ぼうぜ?」

男が槍の先を舐めた。

汚なっ。うわー、触りたくない。

その槍、さっき死んだ人突いてたやつじゃん。

しかもこいつの唾液ついてる。

触りたくないわー。

ブンッと男が槍を振った。

前列の方にいた子の上半身と下半身が切り離される。

ドサッと目の前に落ちる。

綺麗に斬れてる。すごいな。

「あははっ!あっけなっ!」

30人いたのに、もうすでに8人しか残っていない。

ハッと我に帰った子たちが逃げ出した。

私も逃げた。

壁際に着くと、影に紛れて男を観察した。

男は泣き喚いて逃げる子供から順に、心臓を1刺しにしていく。

残り、私を入れて3人。

──2人

──1人

「あれっ?そんなところに隠れてたんだ?」

男が、手に持っていた最後の1人の子供の上半身を投げ捨てた。

頰についた血を手の甲で拭っている。

客席から歓声が響く。

私は、ゆっくりと男に近づいていく。

「お?逃げないの?もしかして、怖いから早く殺してくださいってか?」

「おにーさん、これって、なんの遊びですか?」

「はー?あははっ!そんなのもわかんねーの?ウケるっ!殺しだよ!コ・ロ、シ!」

「あぁ、そっか。今日は逃げるとか生き残るんじゃなくて、殺すのが課題なんですね」

「そうそう!気づくのおっそ!」

男がブンッと槍を振った。

私は二歩下がる。

私のへそあたりの服がほんの少し切れたが、槍は空振りした。

「あ"…?」

男が不機嫌そうに顔を歪ませる。

「教えてくれて、ありがとうございました」

にっこり笑ってお礼を言った。

男の顔から笑みが消える。

バッと槍を振り上げた。

そのまま私の心臓に向かって突き出される。

男が槍を突き出したとほぼ同時に私は男に向かって突っ込む。

槍を突く時、こいつは地面を踏ん張ろうと足を開く癖がある。

その足の間に転がって通り抜けた。

突く対象の私がいなくなったことで、男が体制を崩し前のめりになる。

その背中を思いっきり押した。

男はうつ伏せに倒れる。

さっき観察していたので、槍の先にある刃が外せることを知っていた。

男の両腕を踏みつける。

その手から槍が抜ける。

それを見計らって槍を奪い、刃を外した。槍ごと奪うには、私には重すぎるから。

「な、なっ!なにをっ!」

男の顔が恐怖で引き攣る。

やっぱり、この表情を見るのは比較的楽しい。

こんな汚いやつに触るなんて嫌だが、今日の課題を教えてくれたので、にっこり笑顔サービスしてやった。

男の顔が引き攣る。

逃げようと手を伸ばす。

その手に槍の刃を突き立てた。

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!」

「おにーさん、課題教えてくれてありがとね」

男の手から刃を抜く。

そのまま、男の首を貫いた。

男の体が痙攣する。

首から溢れた血が血だまりをつくる。

顔や手に血がついた。

こんな男の血なんて汚い。

鉄の匂い。

ペロリと口元についた血を舐めると、鉄の味とほんの少しの甘みを感じた。

美味しくない。

シン…と静まり返る会場。

私は先導の大人に向かって歩き出す。

「殺しちゃまずかった?」

首をコテッと傾け、尋ねる。先導の大人は青い顔で震えていた。誰も何も言わない。

「………ねえ」

男は慌ててどこかに電話し始めた。

10分ほど経った頃、ぞろぞろと大人がたくさん入ってきた。

また面倒なことになりそうだ。

「……お前は、…そうか。ゼロか」

「こんにちは」

四年前にあった、リーダー格の大人だ。

会場の中心にある 男と29人の子供の死体を、そいつはじっと見ていた。

「……おいで」

そいつに手を引かれ、ついていく。

この大人の歩くペースは早いため、私はずっと小走りだ。

だが、散々走ったり跳んだりしてきたため、あまり疲れたりはしなかった。

元いた建物の中に入り、シャワー室に入れられる。

私の身長ではシャワーは使えないので、貯めてある水で体を洗い流した。

タオルと服が置いてあったので、それを使う。

私がシャワー室を出ると、大人が待っていた。

彼と少し会話をしたあと、また手を引かれて歩き出す。

ガチャ、とどこかの扉を開く。

そこは、久々に見たあの広い部屋だった。

「お前はもう何もしなくていい。時が来れば呼ぶ。ここにいて」

「うん」

男は、私を置いて出て行った。


あの日、たくさんの子供がここにいた。

今は誰もいない。

壁際に着き、腰を下ろそうとしたところで、本棚の内容が変わっていることに気づいた。

近寄って見ると、かなり難しい内容の資料がファイリングされている。

大きな本棚を全て埋めるくらいに。

何もすることもないし、これをパラパラとめくって暇つぶしをしよう。

と、思ったが一時間で終わった。

だいたい、人より記憶力がいいため、見た瞬間に内容がわかる。

他人から見たらめくってるだけにしか見えなかったに違いない。

この本棚に置いてあったのは、記憶媒体になる予定の子供が今までに覚えてきた分のようだ。

しかし、四年でこれか。

少ない。

ガチャ、と扉が開く。

ぞろぞろと子供が帰ってきた。

記憶媒体ではなく、殺人兵器用の子供だ。──私たち子供からは、これから"外組"と呼ばれるようになる。

私たちは、185人生き残ってきた。

そして今日、ここに帰ったきたのは、たった75人だった。


〜・〜


「今日はこれだ。覚えたら返してくれ」

小さな部屋の中。

大人2人と俺1人。

100ページほどある資料。

ズラッと並べられた文字。

パラパラとめくっていく。

5分ほどしてめくり終わる。

資料を返した。

「……では、質問する」

あの日、ゼロがいなくなった日から毎日続くこの暗記と問答。

俺を含めた160人は、それぞれの部屋に入って同じことをする。

今日は何人減るのだろうか。

今日も簡単だった。

質問は四つ。

言葉を話すようになった俺たちは、a〜cで答えろと言われることはなくなった。

渡された資料についての質問だけじゃない日もある。

たとえば、〜月〜日に暗記した資料で〜〜は何か、なんて質問をされることもある。

そういう質問がある日は、大抵部屋に戻ってこない人数が多い。

今日はまさにそれだ。

初めての暗記テストで見せられた、スクランブル交差点にいた人物をここから当てろと言われ、100人の顔写真を見せられた。

それを見たら、100人の中で1人だけだった。

一体何人が残るのだろう。

部屋を出て、待機室に行く。

俺はいつも1番初めに終わる。

部屋に入って15分で出てくる。

人によっては3時間だったり5時間だったりする。

待っている間、俺は待機室にある本をひたすら漁るようにしていた。

ゼロが言っていた。持てる知識は詰め込めるだけ詰め込んでおけ、と。

ここにある文庫本は全て読んだ。

経済、歴史、数学、英語、そのほかの言語も読んだ。

今日は天気のところへ行く。

表紙から裏表紙、本の裏、カバーを外した時の外観までしっかり見ておく。

パラパラとめくり、元の位置に戻しては別の本に手を伸ばす。

最後の人と大人が入ってきた。

今日この部屋に帰ってきたのは、160人中38人。

やっぱり、いつもより減る人数が多かった。

38人で先導の大人についていく。

ガチャリと開けられる部屋。

部屋に入ると、もうすでにたくさんの人がいた。75人、か?

扉が閉められる。

この部屋の本は読み尽くした。

食料は、1週間に一回パンの耳がもらえる。

水は3日に一回だ。

本棚の脇に腰掛け、壁に寄りかかる。

何もすることがないため、ひたすらぼーっとしている。

この75人は出て行った子供達の生き残りなんだろうか。

そうだとしたら、ずいぶん減ってしまった。

最初にいたのは2300人だったのに。

ふと、壁際で横になって眠っている子を見つけた。

長めショートの黒髪。

癖毛でうねりがある。

黒い瞳に美しい顔立ち。

こんなやつ、いたか?

「ねぇ」

思わず近寄って話しかけてしまった。

近くに寄った時点で、この子はうっすら瞳をあけていた。

気配に敏感なんだろう。

「…何?」

「君って外組なの?」

「外組?」

「今まだここにいなかったから、かってにそうかなって思って」

「なるほどね。…うん。外組だよ」

「そうなんだ。外組は何してるの?」

「外組ってまんまの意味。外に出てるんだよ。それで生き残れっていうゲームをさせられてる」

「いいな。羨ましい」

「そう?」

そいつは起き上がり、うーんと伸びをした。

眠そうにあくびをしている。

俺たちは外を知らない。

青い空も、美しい若葉も、肌に触れる風の感触も知らない。

写真や物事として覚えることはあっても、出ることは許されていなかった。なにより、この部屋と訓練の部屋以外に出入りはできなかった。

じっと見ていたら、その子が俺を見返してきた。

しばらく俺をじっと見た後、その子はふっと俺の足を見てニッと嗤った。

「……ねぇ」

「何」

「交換したくない?」

こいつは何を言っているんだろうか。

分野がまるで違う。

バレたらどうなるかわからない上、足には番号が付けられているのだ。

どうしたって誤魔化せない。

「……したい。でも……」

すぐにバレる。

そしたらすぐに殺されるだろう。

「わかる」

真剣な瞳で俺を見返してくるそいつ。

言葉にしてないのにわかるのか?

「大丈夫。だから交換しよう?」

なんの根拠なのかわからない。

でも、こいつなら大丈夫だと自分自身が言うのがわかる。

「わかった」

──遠い未来になった今、こう思う。この提案にさえ乗らなければ、彼女は外の世界へ出ることができて。俺が記憶媒体として組織に監禁されるようになっていたはずだ。彼女の自由を奪ったのは、俺だった、と。

目の前のこいつは、口元をほんの少し歪めて嗤った。

隣においでとその子は自分の隣をポンポンと手で叩く。

だから、俺はそこに座った。

「ま、疲れただろ。あとは起きてから話そう」

「そうだな」

隣の子は座ったまますぐに寝息をたて始めた。

足の番号を見ようと思ったが、ズボンに隠されていて見えない。

記憶媒体として育てれている俺たちにズボンは必要ないため、長袖のワンピースのような服を着せられている。

外組はかなりハードに動いていると聞いた。

ズボンが支給されるのは当たり前だろう。

俺もすぐに眠った。


ふっと目を覚ませば、隣の子はもうすでに起きていた。

退屈そうにぼーっとしている。

時計を見ると、1月6日 3時20分。

「…起きた?」

「……ん」

隣の子がうーん、と伸びをした。

足首がほんの少し見える。

そこに視線を向けると、そこに書かれた数字は1234。

………ん?

1234?

自分の足首を見ると、書かれている数字は0だった。

「えっ!」

「どうした」

「いや、数字がっ!って、え?ゼロ?」

「あぁ、お前が寝てる間に交換しといた」

ゼロ?まさか、また会えるなんて…。

四年前とは全然違う容姿で気づかなかった。

そういえば、寝る前に見たゼロと今のゼロは見た目が変わっている。

ストレートだった髪は癖毛になっているし、少し長めだった髪も短くなっている。

瞳は、光に当たらなければ黒にしか見えないが、光に当たると紅っぽく見える。その瞳だけは変わっていないようだけれど。

自分と似た容姿に驚く。

「……なぁ、お前、血液型何?」

「……O型って、聞いてるけど」

「Rhは?」

「Rh?……確か、ナルとかなんとか言われた気がする…」

「へぇー、珍しいな。ま、それなら問題ない」

ゼロはにっと笑った。

何が問題ないのかわからない。──のちに同じ血液型だったと知った。

他の子はまだ寝ている。

「訓練って、暗記以外で何やった?」

「んー…。毒入りのパン渡されたり、痛みに慣れろとか言って殴られたりコテ当てられたり…。あとは何だろう…」

「体動かすのは?」

「んー…。武術系の資料暗記した後にほんの少しだけ1人でやったことなら」

「なるほど。じゃあ教えるから、適当に来い」

ゼロは立ち上がり、ほんの少し俺と距離をとって止まった。

立ち上がった時、じぶんがズボンを履いていることに気づく。

ゼロを見ると、俺が着ていたワンピースを着ている。

いつのまに…

ふぅ、と息をついて構える。

資料を思い浮かべながら、作戦を立てる。

ゼロは普通に立っている。隙がありすぎだ。

これは、誘っている時のパターンだったはずだ。

近寄らせて、相手のその力を利用して投げたり刺したりするのだ。

むやみに近づくのは良くない。

ゆっくりゆっくり近づく。

ゼロの間合いはどのくらいだろうか。

そろりそろりと近づく。

俺とゼロの距離が5mほどになったところでそれ以上進んではいけないと頭の中で警鐘がなる。

さっきからズボンがやけに重い。

上に着ている服も、腕部分が重い。

そっと触ると、何か入っている。

この形は…ナイフ?

資料に使い方も書いてはあったなと思い、それを頭で反芻する。

ゼロの後ろには子供がいない。

投げて避けられても問題なさそうだ。

よし。

ふぅ、と息をつく。

汗が額から流れ、頰を伝う。そして顎から地面に落ちた。

ゼロに向かって走る。

ゼロまで4m、3m…。

ゼロは動かない。

袖から滑らせたナイフを投げる。

ゼロはそれを余裕で避けていく。

体を捩ったりしているだけで、一歩も動かない。

五本投げて全て外された。

残った一つは投げずに手にしっかり握る。

ゼロまでの距離がなくなる。

急所に向かってナイフを振り上げた。

ゼロは動かない。

躊躇せずその喉元にナイフを突きつけた。と、思っていたが、いつのまにか俺は天井を見ていた。

背中が痛い。

ナイフを握っていた手首はゼロの足に踏みつけられている。かなり遠慮ない力で踏まれているせいで、手からナイフが離れた。

それを拾い、ゼロは俺の目の前にナイフを突きつけた。紙一重で止まる。

「……………」

無言でゼロを見つめる。

何が起こったかを考えた。

ナイフを突きつけた腕を、ゼロが突然掴んで引っ張ったのだ。

それによって前に流され、倒れた。

俺は背中を向けたら終わりだととっさに判断して、倒れる前に背中から倒れるように体をひねった。

そのまま受け身をとったは良かったが、手首をゼロに踏みつけられた。

そうか。やはりうまく流されたのだ。

今俺が着ている服はゼロが着ていたものだろう。

だとするとゼロは、俺がナイフを使うとあらかじめ予想できたはずだ。

そして、足に入っているナイフは慣れていないから使わないこともわかっていた。

その結果、慣れない重さによって俺は走るのが遅くなる。

スピードは減っても、使う力はいつもより多くなる。

しかも、自分の体重以上の重さで全力で走ったせいで、体制を崩した時に立ち直ることができなかった。

ゼロ達がいた外組は、こんなことを繰り返して生き残ってきたのか。

すごい。

俺が外組になっていたら、初日に死んでいただろう。

だが、おそらく俺はここで殺される。

敗者の死は当たり前だ。

やっぱりゼロはすごい。じっと見つめ合う。ゼロの目が冷たい。

ふっと重さが消える。

目の前に突きつけられていたナイフもなくなった。

「やっぱりいいね。ジュンは頭がいい」

クスクスと楽しそうに笑っている。

なんで笑っているのだろうか。

それに、「いいね、頭がいい」って言うが、ゼロの方がすごいし頭がいい。

「ジュンなら普通に生き残れる。1週間あれば大人なんて簡単に殺せるようになるよ」

ゼロが俺に向かって手を差し出す。

少しそれを見た後、その行為に甘えて手を取った。

立ち上がると、ゼロがナイフを全て拾ってきてくれた。

ナイフを仕舞うついでに、袖への隠し方を教えてもらったので、次からは困らなそうだ。

そのあと、朝の5時までゼロは動きや道具の使い方を教えてくれた。

足に付けられたものをどうやって付け替えたのかと聞くと、これ、と言って針金を見せてくれた。

これは確か、この部屋の引き出しにいくつか置いてあったものだ。

練習用においてあったらしい。

ゼロは、1234と書かれたプレートの近くにある鍵穴にそれを入れて3回ほど中をかき回すと、スルリとそれを外した。

「やってみる?」

針金を渡されたので真似をして見たが、何度鍵穴をかき回してもスルリと取れない。

ゼロの手が俺の手に触れた。

俺の手に重ねたまま、鍵穴をかちゃかちゃと動かす。

カチッと音はしなかったが、振動が手に伝わってきた。

「開いた音がするとバレて困る時あるから、音出さないでこうやって開けた方がいい」

スルリとあっさりプレートが外れた。

ゼロは、それを戻す。

俺はもう一度やった。

一度やったのだから、どうやって開けたかも、感覚も覚えている。

その通りに針金を動かすと、ゼロのように3回回した程度で開けられるようになった。

「上出来き。じゃあ、こっちもやってみて」

俺は、自分の足にプレートを付け直したあと、ゼロに付けられた俺のプレートに手をつける。

同じように動かしたが、全然開かない。

「鍵っていうのは一つ一つ別に作られてる。だから、同じようにしたって開かないんだよ。さっき開けた感覚覚えてるだろ。それと似た感じの場所を探すんだ。鍵開けは、早ければ早いほどいい」

俺は頷き、一度針金を抜いて先を整えてからもう一度鍵穴に入れた。

1回し目、違和感がある場所を見つけた。

2回し目、そこに針金をかける。

3回し目、そこをクッと押して回す。

カチッと振動が手に入れ伝わった。

音は鳴らなかった。うまくいったようだ。

静かに針金を抜き、スルリとプレートを外した。

「さすが。…みんな起きる。また同じ時間にやろう」

ゼロは壁際に行って座る。

壁に寄りかかると、そのまま目を閉じた。

俺も針金をポケットに入れると、ゼロの側に行って座り、目を閉じた。


──ガチャリ

音で目が覚めた。

大人が4人入ってきた。

暗記の時間のようだ。

立ち上がろうとしたが、となりのゼロに腕を引かれた。

「ゼロ、どうしたの」

「今はお前がゼロだろ。俺は訓練参加自由になったから、お前は1週間はここにいろ。1週間で訓練に混ざれるくらいにはできるようになると思うよ」

「…なら、暗記に行くよ。ゼロは覚えてないでしょ。バレるよ。最近、質問内容が厳しいから」

「へぇ…。なら、余計行かなきゃな。訓練は暇すぎて話にならない」

あと、服と番号交換したから、そのまま行ったらバレるぞ、と言われ、今日はその場にいることにした。

外組と暗記組に分かれて部屋を出て行く。

ゼロはぼーっとしている。

本当に大丈夫だろうか。

全員部屋から出て行った。大人は俺に見向きもしなかった。

一度近づいてきたが、プレートを見て無言で離れて行った。

ゼロの言ったことは本当のようだ。

部屋にはたくさん鍵がかけられているものがあった。

センサーがついてるやつもあるから気をつけろ、と言われた。

どれがセンサー付きなのかは教えてもらっている。

それを避けて針金で開けていく。

どれも簡単に開けられるようになった。

なので、今度は閉める方もやってみようと思う。

まだ、みんなが出て行って2時間だ。

閉める練習をする時間は十分ある。

閉める方向とは逆に針を動かすが、なかなか閉まらない。

一度開けた鍵は、鍵になっていたひっかかりがうちに引っ込んでしまっているせいでなかなかうまくいかない。

一度針金を引き抜き、少しだけ先を曲げてもう一度入れた。

さっきより手応えがある。

ガチッというかなり大きな音が鳴った。

思わずビクッとしてしまったが、針金を恐る恐る抜くと鍵がかかっていた。

鍵をかける方もだいたいわかった。

あとは、音を立てずに閉める方法を探そう。

悪戦苦闘しながらようやくできるようになったころ、みんなが出て行って6時間過ぎた。

遅過ぎないか?

外組は遅いとわかるが、暗記組がこんなに遅いことはなかった。

もうすぐ8時間経つ。

──ガチャリ

帰ってきた!

扉に視線をやると、いつもとみんなの様子が違うことに気づいた。

呆然とした表情で、虚ろな瞳。

よたよた、よたよたと歩いてくる。

部屋の中心に行くと、みんなペタリと座り込んだ。

……なんだ?

おかしい

今までこんなことなかった。

ゼロが最後に入ってきた。

やはり、呆然とした表情で虚ろな瞳。頼りなく歩いてる。そのまま床にペタリと座り込んだ。

バタン、と扉が閉まられる。

駆け寄りたかったが、あまりの異常な光景に足がすくむ。

出て行く前は38人だった。

ここにいるのは、24人。

2日連続でこんなに減るような…こんな異様な様子になってしまうなんて。

大人が去って1分して、ゼロがスッと立ち上がってこっちにきた。

さっきの様子など嘘だったかのようにしっかりと歩いている。

その瞳は、いつもと変わらず退屈そうで、ほかの子たちの様子がウソのようだ。

「鍵、閉められるようになった?」

「なんで…知ってるの?」

「見ればわかるよ。針金歪んでるし」

俺のポケットに入っていた針金を取り出すと、ゼロはその歪みを器用に直して行く。

「……何が、あった?」

「何って?」

「なんで、みんなこんな…」

「あぁ。別にそんな特別なことしてないと思うけど」

ドカッとゼロが隣に座った。

ゼロは眠そうだ。

疲れているとかではなく、いつもそう。

俺は、ゼロの話に耳を傾けた。


〜・〜


大人について行くと、小さな部屋に通されて椅子に座る。

「今日はこれね。5分で覚えろ」

資料は、記憶媒体組の番号とそいつがどこの部屋にいるのかが書かれていた。

1枚に38人分書いてある。

パッと見て覚えたが、5分で覚えろと言われたので5分それを眺めていた。

「はい、終わり」

ぱっと資料が奪われる。

「今日はいつもとは違うことをするからね」

にこにこと大人が笑う。

気持ち悪い。もっとまともな笑顔はできないのか。

「今から38人の大人が君たちの部屋に来る。

それで、何番はどこにいる?って聞かれるはずだから、それに答えるんだ。

38人の大人の中に一人、君を探している大人がいる。

その大人は君を殺すために探しているんだ。

その大人に見つかったら、君はゲームオーバー。ここで死ぬ。

ただし、見つからないようにウソをついたり、逃げたりしたら即刻殺しちゃうからね?運勝負ってところかな」

人数減らしなのかなんなのかわからんが、なんて意味不明なテストなのだろうか。

まぁ、別に困らない。

「わかった。確認する。求められた情報を公開、ウソや逃亡は禁止。殺されないように頑張ってね、ということ?」

「そういうこと。やっぱり1234号はできがいいな」

大人が私の頭を撫でる。

気持ち悪い。汚いから離してほしい。

部屋を見渡す。

机と椅子以外には何もない。

質問したことに答えろと言われた。

そして、質問されたこと以外を答えることは禁止されている。

もっと期待していたが、やっぱり退屈なテストだ。

8時間という時間制限があるこのテスト。

時間まで見つからない運がある者だけが生き残る。

なーんてね、そんなわけないだろ。

時間まで怯えて情報をベラベラ話すだけなんて頭スカスカにもほどがある。

でも、バレれば面倒だ。

つまり、自分は何もしていない。

言われたことをしただけだと。

本当にその通りにして殺されなきゃいいのだ。

そのために守らなければならないルールは3つのみ。

ウソはなし。

逃亡もダメ。

質問されたこと以外は答えない。

ぬるい。

今日も退屈だ。

ジュンは今頃鍵開け練習か。そういえば楽しそうに開けてたな。

他の子はわりと淡々と生きているのに、ジュンは自分から考えて動くことが多い。

しかも私を信頼しているらしく、キラキラした目で追いかけて来る。正直戸惑うが…。

──ガチャ

「1234号だな?」

「はい」

大人が入ってきた。

「238号はどこにいる?」

同じ部屋で過ごしてきた同胞を売るような、こんなテスト。

他の子はどういう行動をしているのだろうか。

ほんの少しでも話したり触れたりしたことのあるものが、テスト後にいなければ?

知ってるやつの番号を聞かれたら?

記憶媒体は頭がいいやつが多いと思っていたが、そうでもないらしい。

次々に私の部屋に大人が来た。

私は一切ウソをつかない。

逃げもしない。

少しだけ怯えた演技をして。うつむき、硬い表情で椅子に座る。

誰もいなくなれば、はぁとため息をついて頬杖をつく。

暇だ。


16人の大人の質問に答えた。

まだ、ジュンを探す大人は来ない。

いや、来たな。

何を思って出て行ったのかは知らないが、開始1時間ほどで1人の男がきた。しかしその男は部屋を一度出て行った。後々戻ってくるだろう。

何人か親切な大人がいた。

その中の1人。ここを出る前、一瞬だけニヤリと顔を歪めたのを知っている。

バレてないと思っているそいつの顔が傑作すぎて、そいつが部屋を出ていった後、一人で爆笑した。

お陰でさっきお腹の筋肉がツッて痛みに悶絶していたのは、絶対誰にも言わない。

誰も来ないので、頬杖をついてため息をついた。

暇だ。

両隣の部屋が騒がしい。

開始4時間経過。

どうやら、両隣の子は見つかったらしい。

助けてやっても良かったが、助けたところで死ぬ日が別な日になるだけでなんの解決にもならない。

それなら、ここで死んだ方がそいつは楽に死ねるだろう。

──ガンッ

──パーンッ……

──ガッ

うるさい。

子供一人相手にそんなに手こずるか?

さっさと殺ればいいのに。

それとも、追い込んで怖がっているのが好きな物好きか?

物音がする方とは反対の壁からは、子供の悲鳴が続く。

どうやらこっちもじわじわ殺すのが好きなやつらしい。

なんで、ここにいる大人たちは長々と殺しに時間をかけるのだろうか。

恐怖に歪む顔を見るのは好きだが、弱いものを甚振るのはつまらないだろうに。

自分より強そうなやつで、プライドの塊みたいなやつを屈服させて、その顔を歪ませるのが楽しいのに。

弱いやつの悲鳴なんて、うるさいだけだ。

──ガチャ

やっと来たな

自分の口元が歪むのがわかった。

「やぁ、1234号。また君に会いたくなってね。

君は本当にいい子だよ。君の情報のおかげでもうすでに10人死んだよ!いやぁ〜、最高だよ。みんな君を探してる。君の情報が1番信頼できるからね」

「……役に立てて、よかった」

あー、早く本題に入ってくれないかな。

正直もう座り続けた尻が痛い。

このゲームを終わらせる方法は、制限時間まで生き延びること。

それと、もう1つある。

それは、"ここから退出する"ことだ。

逃げてはいけないから無理?

そんなことしたらすぐに死ぬ?

それはそうだろう、普通はそうなんだから。

でも、私は早くここから出たい。

もうそろそろ、寝たい。

正直、ジュンの練習に付き合ってるせいで全然寝れなかった。

だから、私がここから出るんじゃない。

──ここから出ろ、と言われればいい

ここから出ろと言われる方法は1つ。

"ここにいる必要がない"と判断されればいい。

じゃあ、どうすればそう思われるようになる?

簡単だ。

ここにいなきゃいけない理由がわかればいいのだから。

「実はねぇ?」

1人でベラベラ喋っていた大人がニヤリと口角を上げて私を見下す。

「僕が、君を殺すためにいる大人なんだ」

男が懐から出した銃を撃つ。

私にあたることなく、壁に銃痕をつくる。

「あははっ!さぁさぁさぁさぁ!!!!

逃げろ逃げろ逃げろ!それで、賢い君はどんな風に死ぬのかなぁー?ああー!サイッコウに楽しいっ!」

大人が銃口を私に向ける。

3発撃たれる。

どれもギリギリをかすめていく。

銃口の角度で自分に当たらないのはわかっていた。

なので動かずじっとする。

4時間も待ってやったんだ。

今度は、お前の顔が歪む番、だろ?

ニヤニヤと銃を構えていた男から笑みが消え、焦りの表情を浮かべ始める。

「な、なんだっ!何がおかしい⁉︎」

こいつが入って来たときには怯えた表情だった私が、うっすらと笑っているのを見て大人が動揺する。

ああ、それそれ。その"問い"が欲しかったんだ。

「あなたの未来が見えるから、つい。ごめんなさい」

「ぼ、僕の未来だと⁉︎」

「はい」

あぁ、楽しい。

自分が優勢だと疑わない大人。

傲慢でわがままで、子供をおもちゃのように扱って。

その子供に手玉に取られ、余裕をなくしていく大人の顔を見るのは快感だ。

「な、なんだっ!僕の未来って!」

「最初にここに来た大人に、聞かれた番号の人いる部屋を教えろって言われました。それ以外の質問でも、お答えして大丈夫なんですか?」

「ぼっ、僕がいいって言ってる!質問されたら答えるのがお前らだろっ!さっさと答えろ!」

あぁ、楽しい。

でも、こんなにチョロいと面白くない。

「あなた、今日死にますよ」

「なっ…」

男がブルブルと震えだす。怒りと困惑。

「どういうことだっ!誰が…誰が俺を殺そうとしてるんだっ!」

「あなたですよ」

「なんだと⁉︎」

「あなたが自分で自分を殺すんです」

「説明しろ!わかりやすくだ!」

額に銃口が押し当てられる。

痛い。もっと優しく押し付けてくれ。

どうせそんなに強くグリグリ押し付けたってそれじゃ死ねないんだから。

「わかりました。では、お答えさせていただきます。今日私たちのテスト用に徴収された38人の大人は、全員この後始末する予定で集められています。その理由は様々ですが、あなたの場合は機密情報漏洩ですね。

お酒の席で泥酔しませんでしたか?そのとき、記憶にはないようですがここの研究員の名前を言ってしまったみたいですね」

男の顔がみるみる青くなっていく。

額に押し付けられた銃口の力が緩む。

「そ、そうだとして、なんで俺が俺を殺すって言うんだ!」

「そのお酒の席で、あなたの同僚の方がこう言いました。"先輩!やばいですよ!そんな名前なんてこんなところで出して…。頭(かしら)が許しませんよ!頭が怒ったら…。殺してくれって懇願してるやつ、たくさんいるって聞くほど酷い罰がまだてるとか…"

あなたはこれにこう答えました。

"あははっ!だったら捕まる前に俺は死ぬわ!その方が楽だろう〜"と」

大人が銃を持った手をだらりと下げた。

ガタガタと震え、真っ青な顔で瞳は焦点が合っていない。

どうやら、一昨日の飲み会を思い出したらしい。

私がなぜこの話を知っているか?

簡単なことだ。

広い部屋に置いてあった資料に書いてあった。

組織組員は、全員盗聴器を持ち歩かされている。

そんな簡単なことを忘れていたこいつがバカだっただけだ。

男は後ずさる。バンッとドアに寄りかかり、そのままズルズルとしゃがむ。

──ガチャリ

男が自らの顳顬(こめかみ)に銃口を当てた。

──パーーーン……

私は、にやりと嗤った。


〜・〜


「で、そのあときた大人がドアが開かないって騒ぎ始めた。何人かでやっと開いたんだ。椅子に座ってる俺と、拳銃自殺した俺を殺す予定だった大人。大人たちが騒ぐなんて、考えなくてもわかるよね。俺は、俺を殺す大人がいなくなったから退出させられた。待合室になってる図書室で4時間だよ?2時間で全部読んだし、もう暇で暇で…」

その後ゼロは、みんなと同じ様子をわざわざ真似してここに帰ってきた。

大人が戻ってこないのを確認して俺の元にきた。というらしい。

「……そっか。ゼロが退出してから4人しか死ななかったのは、恐怖で話せない子と記憶が飛んだ子が多かったせいなのか」

「そう。大半の大人が俺のところに来たからな」

あー、眠いから寝る。

そう言って鬼逸は壁に寄りかかって眠り始めた。

帰ってきた同胞たちを見る。

ペットボトルを開けるために協力しあった。

食べ物がなくなれば、みんなで分け合ってしのいだ。

寒くてたまらない時は寄り添って暖をとった。

14人、理不尽に殺されたのだ。

戦う訓練を受けていない俺たち記憶媒体。

大人の言うことだけ聞き、自分で考えて動くなんて絶対にしないよう教えられてきた。

ここにいるときだけ、自由だった。

会話はなかったが、みんなで寄り添って生き残ってきた。

──ガチャリ

扉が開き、外組が戻ってきた。

外組はいつもと変わらない。変わったのは、人数だけ。

75人だった外組。帰ってきたのは52人だった。その日、眠ることができなかった。

「何、寝れない?」

ゼロはふあーと眠そうにあくびをながら伸びをする。

日付が変わって午前2時。

「そうだな」

「お前、変わってるな」

「変わってる?」

「ここにいて心があるやつなんて、そうそう残ってないよ」

フッとみんなを見た。

外組はナイフや針金、銃の手入れをしている。

記憶組はぺたりと座り込んだまま動かない。

「そんなに悲しいか?」

「悲しい?」

「……あー、なるほどね」

何が面白いのか、ゼロはクックッと嗤う。

「大人もほんと間抜けだよな。人間を道具にするなんてさ」

「どう言うこと?」

「簡単なことさ。──いくら縛り付けたって、心は自由だ」

その言葉が、やけに大きく響いた。

この時、この言葉の意味を理解することはできなかった。

それでも、この言葉のだけはずっと忘れられなかった。

「ほら、やるんだろ」

ゼロが立ち上がる。

みんな眠った頃。

今日も明日も明後日も、ゼロは俺にいろんなことを教えてくれる。

俺は、全て一回だけ見て、触れ、再現して行く。

その度に、ゼロは楽しそうに笑った。

ゼロがいないときは、教えてもらったことをさらに精密につめていく。

ゼロは、いつも俺の予測を超えてくる。考えて考えて練った作戦もあっさりかわされ、倍で帰ってくる。

でも、俺に怪我をさせることは一度もなかった。

バランスを崩して倒れても、変な体勢で倒れそうになっても、骨折や傷ができないようカバーしてくれた。

何度やってもゼロには敵わない。

でも、ほんの少しずつ喰らいつけるようになってきた。

よく見ると、ゼロはすごく細くて柔らかい。

俺は少し筋肉質になった。

硬すぎるわけではないが、ゼロに比べたら硬い体。

それに、俺より小さい。それなのに、俺はゼロに一度も勝てなかった。

ゼロは宣言通り1週間俺にいろんなことを教えてくれた。

明日、訓練に参加する。


翌日。

──ガチャリ

扉が開く。

大人が入ってきた。俺とゼロは立ち上がる。

俺が立ち上がると、大人がびっくりしたように俺を見た。

俺はそれを無視して集団の中に入る。

俺とゼロはいつも最後列だ。誰にも見えないように、俺とゼロは拳を合わせた。

扉を出てしばらく歩くと分かれ道になる。

記憶組の部屋に行く道と外組がいく室外に行く道。

ゼロは分かれ道で、視線も顔も俺を見ないまま俺の背をバシッと叩いた。

俺は、その肩を拳でコツンと押した。

道が分かれる。

言葉はなかったけど、お互いに言いたいことはわかっている。

──また後でな

先導について行く。

しばらくすると鋭い光が目を刺激した。

思わず少し手で目をかばう。

足音が、コツコツという音からジャリ、という音に変わったところで目をかばっていた手を離した。

真っ青な空。

白く、ふわふわと漂う雲。

大地を照らす太陽。

小さい、形が不揃いな土に、美しい植物。

生ぬるい風が頰を撫で、髪を揺らす。

「おい!ゼロ!」

顔を先導に向けると、数メートル先で全員立ち止まって俺を見ていた。

一歩踏み出す。初めての外。

ふわふわした気分だった。

でも、油断するなとゼロに言われている。

ズボン、袖、腹回りにつけた入れ物、首の後ろ、髪。

そのほかにも武器を仕込んである。

ゼロだけが使っていたものも、ゼロは俺にくれた。

作り方も色々教えてくれたので、今は俺も作れる。

瞳を閉じ、ふぅ、と息を吐き出す。

瞼を開ける。

その時には、もうふわふわした感覚はなくなっていた。


いつまで歩くのだろうと思っていると、しばらくして異変に気付いた。

人数が減っている。

確か、開始時は32人だった。

今ここにいるのは26人だ。

後方に怪しい影はない。

前方で何か起きている?

意識を集中させて注意深く自分を中心に周りを探る。

前から3番目にいた子が、背の高い草の中に吸い込まれた。

次は8番目くらいにいた子が草の中に消える。

なるほど。

今日はお散歩しましょうと言うことか。

施設内に帰るまでついて来い、と言うことだ。

そう思いながら歩いていると、後ろから手が伸びてきた。

草むらばかりに意識がとられて後ろの注意を怠ってしまった。

目と口を押さえつけられ、草むらにひきづりこまれる。

目と口を押さえてくる手の角度から、襲ってきた大人のみぞおち付近を推察し、そこに向かって思いっきり蹴りを入れた。

目と口の拘束が緩む。

その先にナイフを一本袖から滑らせ、構えた。

──目に映った光景が、信じられなくて一瞬頭がフリーズした。

小さな女の子は裸にされ、大きな大人が大勢で覆いかぶさっている。女の子は、痛い痛いと叫ぶ。

小さな男の子は、指を一本一本切り取られていく。一気にザクザク切られるのではなく、皮を剥ぐように、むしり取るように。

背の高い草むらだと思っていたが、道を狭くするためだけに植えられていたものだったようで、草むらの裏はただのジャリが広がっている。

ここは地獄だ。

なんで、こんなことが起きているとも知らずにずっと中にいたのだろうか。

ゼロは、こんな中にずっといたのか。

俺にみぞおちを蹴られた大人が呻きながら立ち上がる。

自分の中に何かが溢れ出す感覚がした。

これは、何?

無性に燃えるような、熱くて苦しくて。

わからない、ただ、無性にここにいる大人全てを、今すぐ──殺したい。

どうやって動いたのかわからない。

いつのまにか泣き叫んでいるのは大人だった。

引きつった顔で俺から逃げていく。

俺の服は真っ赤に染まった。

目の前の大人が泣き叫ぶ。

そんなの関係なしに片方の目に指を突っ込んで眼球をくり抜く。

叫んでいるのを放置し、そいつのつま先を切り取る。

それからそいつから目を離し、別の大人に向かっていく。

逃げる逃げる。でもすぐに追いつく。

裸の男の性器を切り取る。

泣き喚いているところで両足も切断してやる。

フッと、胸の中で何かが燃えていたような感覚が消えていることに気づいた。そして動きを止める。

大人は死んでいない。

ただ、苦しそうに叫び、呻いている。

泣きながら震え、正気を保っていない女の子。

体のどこかがなくなり、死ぬことさえ許してもらえない苦しみでヒュー、ヒューと息を繰り返す男の子。

一人一人、苦しまずに逝けるように。

トドメを刺していった。

俺が近づくと、みんな笑った。

まだ、声が出せる者は、ありがとうと俺に言う。

草むらを抜けると、空は赤く染まっていた。

先導してくれていた人がどこに行ったかわからない。

でも、この先にも同じようなことが起こっているのは間違いないだろう。

引き返したほうが、あの部屋に戻るのは簡単だ。

でも、俺はわざと先に進む道に一歩踏み出した。

見たことない道を進み、さっきと同じことを繰り返す。伸びてから大人の手。それを殺す。また伸びてくる。また殺す。

この道は分かれ道はなかった。

ひたすらに1つだけしかない道。

歩き続ける。

建物が見えた。

最初に出発した建物だ。

建物の中に入る前に振り返る。辺りは暗闇。あかりは1つもない。

体に着いた血が固まり、ベタベタと絡みつく。

建物に踏み込んだ。

記憶している道を進む。

知っている扉の前まで来た。

手をかけたが、鍵がかけられている。

ポケットから針金を出し、適当にいじるとすぐに開いた。

でも、俺は知っている。

この扉にはセンサーが付いている。

扉を開けずにその場で待つ。すぐに大人が複数ここに来た。

「なっ…ゼロか?まさか、帰ってくるとは…」

大人たちは、扉の鍵を閉めてから俺の腕を引いてシャワー室に連れて行った。

まだシャワーを支える身長はない。

貯めてある水で血を洗い流した。

タオルと服が置いてあったのでそれを着る。

元着ていた服からナイフや銃、針などの武器を取り出して新しい服に仕込む。

置いてあったカゴにその服とタオルを放り投げ、シャワー室を出た。

大人が1人立っていた。

リーダーっぽい存在感。

「……ゼロ。今日相手だった大人全員をやったのはお前か?」

「……………」

俺は返事をしなかった。

聞かれたことは全て答えろ。

言われたことだけをしろ。

そのほかはしなくていい。

そう言われ続けた。

それなのに、俺は自分の意思でその質問に"答えない"という選択をした。

しばらく睨み合う。

大人がため息をついた。俺の腕を引いて歩き出す。

それについて行った。

広い部屋に戻される。

ばたん、と扉が閉められる。

記憶組は、ゼロが参加した日から人数は変わらない。

24人のままだ。

外組の数を見た。

もう、たったの9人しかいなかった。


ふっと壁際を見ると、ゼロが座ったまま眠っていた。

ゆっくりと近づいて行く。

いつもならすぐに気づいて目を覚ますのに、今日は目を覚まさない。

ゼロの前でしゃがむ。

その首に手をかけ、もう片方の手でナイフを握り、ゼロの首の急所に当てた。

ゼロの体がビクリと揺れ、瞳が開かれる。

ほんの一瞬驚いたように見開いたが、すぐに鋭い瞳に変わる。

キラリ、赤く光る。

ゼロは動けない。少しでも動けば頸動脈が切れる。

「……お疲れ」

「………うん」

じっと見つめ合う。

ゼロの首に汗が流れる。

「……ゼロ」

「……なに?」

「……俺らは、何してんだろうな」

「は?」

ゼロは心底理解できないといった顔をした。それでも俺は続ける。

言葉が溢れて止まらなかった。

「外組の訓練、すごかったよ。ゼロは、あの中を生きてきたんだな。ほんと、すごいよ…すごい」

視界が揺れる。

ぼやける。

ゼロの顔がよく見えない。

昨日、武器を手入れしていた少年。

自分の髪を編んで遊んでいた女の子。

もういない。俺が、殺した。

「こんなんで…生き残って、何になるっ」

ゼロの首に当てていたナイフがカランと俺の手から落ちる。

ゼロはいつでも俺を殺せるのに、ピクリとも動かない。

ただ、じっと俺を見ている。

「俺らは、おかしい。大人も、おかしい。

外はすごかったんだ。

空がすごく高くて、雲はふわふわしてて、太陽が全てを照らしてた。

砂は全部不揃いで、花は天を仰いで誇り高く咲いてた。

風は生ぬるかったけど、髪が揺れた時気持ちよかった」

「…………」

ゼロは黙っている。

俺の瞳から何かが溢れた。

「俺たちは、俺たちはっ……何のために、生きてんだ…」

「…………」

ゼロの首にかけていた俺の手がガクリと落ちた。

ゼロから視線を移す。

うつむき、自分の手をぎゅっと握りしめ、それを睨みつける。

ぽたぽたとつぎからつぎへと涙が溢れる。

涙だけでなく、心から何かがたくさん溢れてくる。

これが何なのかわからない。

それが苦しい。

「……俺らが何してんだって?──そんなの、人殺しに決まってんだろ」

ビクリと、俺の体が揺れる。

そう。

現実の答えは1つだけ。

人殺し。

何も悪くない子をあっさりと。

「お前、明日の最終試験大丈夫なのかよ」

「最終、試験?」

「そう。記憶媒体は明後日か。外組は明日だ」

「あし、た?」

スッとゼロの指が俺の目尻を拭う。

その指が、俺の涙でキラキラと光った。

「あー、いい。俺が行く」

「いや…大丈夫。行けるよ」

──チャリン

足のプレートが外された。

驚いて顔を上げると、ゼロは俺に1234のプレートを、自分の足に0のプレートをつけた。

「服」

よこせ、とゼロのが俺に向く。

「今日のことに耐えられないなら、明日お前は死ぬ。残念ながら、お前にはまだやってもらわなきゃいけないことがあるから、死んでもらったら困る」

「やる、こと?」

「そう。納得いかないんだろ?今の自分に」

俺に伸ばされた手を見つめる。

顔を上げてゼロを見ると、目が合う。

ゼロは、にっと笑った。

「気に入らないなら、壊せばいい」

自信満々で、失敗するなんて微塵も思っていない瞳。

目を閉じる。

ふぅ、と息を吐く。

もう一度目を開けた時、迷いはない。

俺は、その手に服を脱いで渡した。

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