裏の裏

@kyukte

第1話「あこがれ」

「ギリギリのキリタ」と僕が呼ばれていたのは、中学生の頃からだった。得意だったサッカーで、ゴールポストギリギリにシュートを決めていたので、サッカー部のやつらにつけられたのだ。ギリギリのキリタがクラスメイトにも共通の概念になったのは、しかしサッカーとは無関係。どんな科目でも赤点ギリギリで合格するからギリギリのキリタと呼称された。だいたい35点を基準にして、先生の性格を考慮しながら、赤点を予想する。あとは、その点数に近づけるだけ。実際の学力は赤点ギリギリでもないが、かといって高得点もとれないので面白半分で赤点ギリギリを狙った。僕の点数があまりにも赤点ギリギリをとっていたため、クラスメイトは僕の点数を参考に自身の合否を判別していたくらいだ。しかしこの遊びは長く続かず、というより長く続けさせてもらえずに、教師陣の怒りをかってしまった。空が夕暮れはじめ、黄色とも赤色とも白色ともとれる放課後に職員室の隣の会議室に呼び出されてしまった。なんともめんどうなことだ。さらに衝撃をうけたのは、担任ひとりに怒られて終わりだろうと思っていたのに、教師が5人も集まっていたことだった。

「おい、どうゆうこと?」

皮膚で覆われているとは思えないほどの紫色に染まった顔をつきだして体育会系の教師が口を開いた。せめて、僕が座ってから話始めればいいのに。

「どういうこととは、すいません何がですか?」

教師陣はギッと僕を睨んできた。本当にめんどうだ、彼らは僕の口から「赤点ギリギリになるようにして遊んでいました。すいませんでした」という自供を絞り出したいらしい。当然だ、赤点ギリギリを狙っていたかどうかは、僕にしかわからないことなのだから。赤点ギリギリであることは誰の目にも明らかだが、「狙っていた」かどうかは僕にしかわからない。さっさと認めてもいいのだが、教師陣の態度が不服だ。子供だからとなめているのだろう。どいつもこいつも手足で威嚇し、目で語っている。ここは全力で白を切ってしまおうか。そんなことを考えていたら、ドアがガラガラと音を立てた。なんだ、まだ教師は増えるのかと予想した私に、意外な声がした。

「こんにちは、桐太の兄の酒野零士(さかのれいじ)です」

兄の零士だった。私は混乱して、頭が真っ白になった。

「親御さんに連絡したはずですが、お兄さん?」

紫の教師が疑問を投げた。

「ええ、母が電話に出たのですが急用が入りましてね。代わりに、私が来たわけです。安心してください、私も成人していますから保護者扱いになりますから」

兄が薄笑いを交えながら答えた。なるほど、教師陣は親に連絡していたが、兄が代わりに来た。兄弟に、こんな恥ずかしい場面を見られたことに胸が沈んだ。

「ところで、桐太はなにか悪いことでもしたんですか」

兄が落ち着いた口調で話しながら、私の近くに歩いてきた。

「いえね、キリタ君は赤点ギリギリの点数を狙っているという噂が流れているんですよ。実際に、キリタ君は急に赤点ギリギリの点数ばっか出すようになりましたしね。困るんですよ、テストで遊ばれると。正直、他の生徒に悪影響ですから」

ふむふむとつぶやきながら、兄は僕の肩にそっと手をのせた。

「教師失格ですね」

兄は真顔でそう言った。

「教師失格です、本当に。いいですか、私はここに来るまでにこの学校の校則に目を通してきました。赤点ギリギリの点数をとってはいけないなんて校則はありませんでしたよ。だいたい、噂が流れているってそれで迷惑しているのは桐太の方ではないですか。テストで遊んでるかどうかは、先生の主観にすぎません。桐太、帰るぞ」

あっけにとられていたのは、僕だけでなく教師陣もだった。

「ちょっとなに言ってんだ!」

教師の罵声もあとに、兄に連れ出されて会議室を出た。

「取り調べだったら大問題になるよな。教師の呼び出しって」

兄が帰り道、話し始めた。

「もめないのが一番ではあるけど、他人に迷惑かけてるわけでもないしな。まあ困ったらまた呼べよ、俺の本職だから」

そういえば、兄は弁護士だった。ある意味、兄の仕事現場を始めて見たわけだ。そして、今日の出来事が僕を弁護士にさせた。





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