ゾーハ①

 イーゴは父親と知らない男に連れられ、始めてくる農場地区の街道を歩いていた。

 人が歩いて踏みならされた跡が、耕地に生えたつ小麦とを分けて小石と砂利ばかりの道を作っている。

 先頭を行く薄茶色のチュニックを着た男と、イーゴの前を行く鼠色のチュニックの父親の後ろ姿を追った。

 イーゴは今年で十歳になる。

 小さな体は荒く縫われて薄汚れた、父親のお下がりの灰色のチュニックにすっぽりと覆われていた。

 服についたノミでいつも体は痒い。

 夏の始まりで日が照って暑く、半日近く歩いているので汗でべとべとしている。

 父親の、これもお下がりのガバガバで重い革靴で進む。

 裸足よりはマシではあるが、つま先が破れ木製の底が腐れかかり、地面を踏むたびにささくれが刺ささってまめが押されて痛みが走る。

 だいたい、こんなに遠くへどこへ何しに出かけているのか父親からは聞かされていない。

 この道程がイーゴの死出の旅路になるが、この時のイーゴにはそんなことは思いもよらなかった。

 十分な食べ物が与えられず、普段から栄養失調のイーゴは長く歩くことだけでも辛い。足も痛くなっていた。

 遅れがちなイーゴは父親に度々殴られたり、落ちている木の枝で叩かれたりした。

 ただ歩かされているだけの苦しい道程だった。

 父親の年は三十くらいだ。正確には知らない。

 もう一人の男は父親よりふけていて四十くらいに見える。

 イーゴには、父親より今日初めて会った前を行く男の方が頼もしく思えた。

 軽妙な動きから男は行くべきところへの道のりを知っているように見える。

 彼は行き先までの先導役らしい。父親は先導役の背中を逃さないように目で追っている。

 先導役と父親の格好はさして変わりないし、どちらも瘦せている。肉付きは少し先導役の方がいい。

 収入の差は大してないか先導役の方がやや上だと思った。

 先導役とはイーゴと父親が家を出てしばらく経ってから合流した。

 父親の顔つきには、だらしなさとわがままさが表れていた。

 一方、先導役の方は、落ち着いた顔をしながら、前をすたすたと歩いていく。

 一度街道を外れて横道に逸れたことがあったが、その先には休憩を取れる小川があった。 

 場所を把握して導く先導役をイーゴは格好よく思った。

 三人は小川で水を飲んだあと、先導役は袋から取り出したパンを一つイーゴに差し出した。

「坊や、頑張るんだよ」

 父親がそれを制した。「貰うな。余計に出す金はない」

「いや、いいよ、俺のおごりだ」先導役はイーゴを庇った。

 父親は、ふん、と鼻をならし、だったらいいと吐き捨てた。 

 ありがとうございます、と礼を言い、イーゴはパンを受け取って食べた。

 固いがほのかな甘さがあって、家で食べる味気もないオートミールよりうまかった。

 あのパンのおかげでだいぶ体は楽になった。

 道中、先導役はほとんど話さず、ここで休むとか出発するとか、どこの方向に行くとか、最小限の話くらいしかしなかった。

 無愛想な人間なのかと思っていたがそうではないらしい。

 彼はイーゴの親に比べればずっと人間的だった。

 余計な話をしなかったのは、短気で身勝手な父親の性格を読んで距離をおいたからだろう。

 遅れがちなイーゴを責めたりもしなかった。先導役がついているのがこの遠出での救いだった。

 

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