プロローグ②

 昨日は普通の日だった。


 圭吾は工場でのライン作業の仕事を終え、電車に乗って会社の寮の最寄り駅まで乗り、夜の七時過ぎに帰宅した。


 金曜の今日はなかったが、残業続きで疲れは大分溜まっている。


 屋内に入って明かりを点けた。


 ドアポストを確認すると角形八号の白い封筒が送られてきている。裏に派遣会社の社名が記された赤い判が捺してあった。


 2ヶ月ごとに就業条件明示書のコピーが派遣会社から送られてくるから中身はそれだろう。


 机の上のはさみを取り、封筒の上端を切った。中から三つ折りのプリントを取り出して広げる。


 書かれていることは毎回ほぼ同じで、もっとも大事なところである派遣期間の項目にまず目をやった。


 2ヶ月更新されている。


 圭吾は一時は安堵する。


 契約更新の有無を記す欄には『契約更新の可能性あり』に点が点けられ、就業先の都合でいつでも打ち切られることを示している。


 以前に派遣の契約についてネットで軽く調べたが、どこもだいたいこうなっているようだ。


 就業先の最大派遣期間は3年で、それが終われば、また新しい職場を見つける必要がある。


 しかし、圭吾はこれまで2回派遣切りにあい、その3年の期間さえ満たされなかった。


 いずれもこちらの落ち度ではない。


 一度目は工場の減産、二度目は他の赤字の事業の補填に圭吾の働いていた事業所を潰すという、経営の都合によるものだった。


 どっちも圭吾と共に、数十人の派遣社員が契約を切られた。


 今、働いている職場もこれまでのところも手を抜いたことはないし、能力的には問題なくこなせている。


 ライン作業は同じことを繰り返す単純作業だ。一つ一つの作業だけなら簡単な動作に過ぎない。しかし、それを連続するとなると話は別だ。


 生産は効率化を前提にしていて、時間は切り詰められて、作業時間は極端に短く設定されているのが常だ。


 覚えて、慣れて、素早く、正確に、ムダも失敗もなく動くことでようやく間に合わせられる。

 単純作業とはいえ頭の使い所はある。というより、自発的に工夫することで、効率を上げて疲れもある程度は軽減できる。

 逆にそうできずに、作業の遅い者、覚えの悪い者、ミスの多い者は習得を待って貰えずにすぐに切られてしまう。

 圭吾の仕事ぶりについては、現場のリーダーを始め正社員からも評判はいい。

 もっとも、それがなんら契約更新の保証にならないのは過去の派遣切りでよく分かっているつもりだ。

 それでも更新を続けるには、従順で役に立つところを見せておかなければならない。

 

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