闇夜をゆく者

砂擦カナメ

プロローグ①

 2011年、春。


 ショッピングモールの通路で、圭吾は床に崩れ落ちていた。


 うつ伏せになった圭吾を暴漢が馬乗りになり、包丁で背中と脇腹を滅多刺しにしてくる。


 圭吾の意識は遠ざかり、力は抜け床面のタイルだけが目に移る。


 自分の血が白いタイルに延び、顔面を濡らした。


 女性の悲鳴と、子供が泣き叫ぶ声が聞こえてくる。


 母娘だろう。圭吾が通路を通りかかったとき、娘を抱えた母親が逃げ惑い、包丁を手にした暴漢が追っていた。

 圭吾は、彼女たちを逃がすためにとっさに立ちふさがった。妨害した圭吾に暴漢は怒り狂い、腹を何度も刺した。


 悲鳴は遠ざかっていく。母娘は無事に逃げられたようだ。


 よかった……


 彼女たちの叫び声に変わって、圭吾に乗っかかる男の、怨嗟のこもった声が耳に入ってくる。


「どいつもこいつも死んじまえ」


「金持ちはみんな死ね」


「全部ぶっ壊れちまえ」


 男の呪詛のような言葉は、心のどこかで圭吾も思っていたことだ。


 恵まれない出生。


 理不尽な人生。


 アンタは僕と同類かもしれない。


 だけど。


 怒りをぶつける相手はあの母娘じゃないし、僕でもないだろう?


 男の呪詛は続いていく。


 激痛の中で、意識は途絶えて、圭吾は死んだ。

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