【織田信長】きんかん頭の最期
「どうした、光秀。せっかく来てやったのに、部屋の片隅で怯える必要はなかろう?」
その声は低く、しかし圧倒的な威圧感を帯びていた。信長の目の前には、逃げ道を探すようにキョロキョロとあたりを見回す光秀の姿があった。光秀の顔には冷や汗が浮かび、手はわずかに震えている。
「そんなバカな……。安土城は小田原にあるはず」光秀は目の前の現実を受け入れられず、口元をわなわなと震わせていた。
「それがダメなんだよ、光秀」と信長は薄く笑みを浮かべ、冷静な口調で続けた。
「戦略家としては一流だが、お前には発想力が足りない。安土は秀吉に任せている。俺は少数精鋭を引き連れて、ここに来たんだ。お前はまんまと安土という囮に引っかかったわけだ」
「なぜ……なぜ、秀吉を優遇するのですか? 奴が扱いやすいからですか?」
光秀の言葉の裏には、信長に対する深い不信感が隠されていた。かつて共に戦った仲間として、信長の信頼を得たはずの自分が、なぜ秀吉に劣ると見なされるのか。
「私だって、武田が尾張へ攻めてくる際には、夜通しで進軍したのに、殿は褒めてもくださらなかった」
信長はその言葉に冷たい目を向けた。光秀が忠誠を尽くしてきたことは知っていたが、それがすべて報われるわけではない。信長は一歩前に進み、冷ややかな口調で言い放った。
「光秀、お前は何か勘違いしているらしい。秀吉を優遇するのは、お前と違って有能だからだ。言われたことしか出来ないお前と違って」
信長は刀をゆっくりと鞘から引き抜く。朝日を受けて、刀身が煌めく。
「つまり、私は殿の駒でしかなかったわけですか……」光秀は弱々しい声でそう呟いた。その言葉には深い失望と、自己嫌悪が込められていた。
その時、光秀の心の中に一つの決意が生まれた。彼はゆっくりと信長の前で正座をし、深く頭を垂れた。
「ほう、さすがにお前も何をすべきか分かるようになったか。せめてもの情けだ。辞世の句を詠む時間をくれてやる」信長は薄く微笑んだ。
「いえ、結構です。なぜなら……ここで死ぬのは殿だからです!」
その言葉と同時に、光秀は懐から短刀を取り出し、素早く信長に向かって斬り掛かった。しかし、その刃が信長に届くことはなかった。信長は、あらかじめ光秀の動きを読んでいたかのように、ひらりと身をかわした。
「お前の考えは分かっていた」信長は鼻で笑う。
「正座した時に、ちらっと短刀が見えたからな。脇が甘いんだよ。それがお前の限界なんだ」
信長は冷たい目で光秀を見下ろした。その視線はまるで虫けらを見るかのようだった。
「裏切り者には死を与えてやる。褒美の代わりにな」
信長が無造作に刀を振り下ろすと、閃光のような動きと共に鮮血が飛び散り、襖を真っ赤に染めた。
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