第2話『なんか変なやつと会った!』

 迷った!


 ついさっき「性格が悪すぎる」とか言うカスみたいな理由で追放されたボク、S級魔術師リュシオル=エンバーズグローであるが、置いていかれたのはそう、森の中。


 魔法に関しては完全無欠の天才であるボクだが、天は二物を与えずと言うべきか、致命的なほどに方向音痴だ。いや、顔可愛いから二物は貰ってるか。それはそれとして。



「ぐぬ〜……どこもかしこも同じ景色……ダンジョンとか遺跡なら魔力を辿って行けるのに……」



 腹の立つことに、こういう鬱蒼とした森の中は魔力が独特で感知はできてもあまり道を探す役には立たない。ふざけんな。伐採だ伐採。


 普段はドーンとかが木のちっちゃい傷とかを覚えてて迷わずにいられたが、ボク一人だとまぁこんなもんだ。



「あー、もうめんどくさいーーーー!……ん?」



 泣き声を上げていたら、ふと後ろから気配を感じた。いや、ちゃんと感知したら囲まれてる。


 モンスターだ。



「えー、だる」



 しぶしぶ杖を構える。この森は王都の指定保護森林で、珍しい薬草が取れることや、独特な生態系をしていることが特徴だ。


 当然モンスターも多く存在する。しかも、普通はダンジョンでしか目にしないような上級モンスターがうじゃうじゃとだ。



『ウルルルルルルルルルルルルルルr』



やはりと言うかなんと言うか、茂みの中から巨大なモンスターが顔を出した。



「げ、ベヒーモスじゃん」



 ベヒーモス。陸の王と呼ばれるサイに似た翼のないドラゴンで、大食い、獰猛、その上耐久力がある。


 何より厄介なのは、【大地に属する魔法を無効化する力】がある点……つまり鉱物、岩石、植物などの魔法では倒せない。


 まぁ、一体いればB級以下の冒険者は何人集まっても手も足も出ないだろう。A級でも複数人で戦うのが上席の相手だ。


 ましてボクはひとり。まぁ、死に物狂いで逃げるのが正しい戦略と言える。


 A級以下ならね?



『ウルル…ウルアアアアアアアアア!!!』


 

ベヒーモスはボクを獲物と認定したらしく、凄まじ速度で突進してくる。その速度たるや凄まじく、大抵はこれだけで潰れて死ぬ。


 けど〜



「【轟け】」



 ボク、S級なんで。


 バチバチッ


 瞬間、激しい光があたりを包む。光が止むとそこには、黒焦げのベヒーモスが倒れていた。


 全身からしゅうしゅうと煙が立ち上り、すでに息はない。



「雷は天に属する魔法し、こうやって焼き尽くせば復活もできないでしょ?悪いけど、襲う相手を間違えたそっちが悪いからね?ま、聞こえてないか」



 ボクはしゃがむと、ベヒーモスの死体をツンツンつついた。焦げた巨体がそのまま崩れて灰の山になる。


 今撃ったのは規模をおさえた雷の魔法。超高温&高速で、目の前の敵を消し炭にする。結構高度な魔法で、普通だと習得に数年かかるらしい。ボクは5分で覚えたけど。



「さて、と」



 目下の脅威(脅威というほどでもないが)も去ったことだし、今度こそ街に……



『グルルル』

『ウルルルルルゥ』

『グルッグラゥゥゥゥ』



 いつのまにか、周囲をベヒーモスに囲まれてる。しかもさっきのやつよりひとまわりでかい。あれは幼体だったわけだ。


 困った。とても困った。

 いや、別に負けてしまうとかそういう話ではない。単純にさっきより規模の大きな魔法をぶっ放せば一瞬で終わる。


 ただ、一つ大きな問題がある。


 ここはなのである。


 あまり規模の大きな魔法を使って森をダメにしてしまったら、とんでもないお叱りを受ける。


 かと言ってちまちま小技で戦うのは性に合わない。高度な魔法や繊細な魔法は好きだけど、繊細な闘い方は嫌いだ。


 というか正直にいうとボクは、強いだけで戦闘のセンスはない。もともと学者タイプなのだ。相手の動きを読んで的確に、とか無理すぎる。しかもこの大群。並行処理とか不可能よりの不可能。


 要するにボクは大技ブッパ以外の戦い方が致命的に苦手なのだ。出来るけど、出来るけど苦手なのだ。


 他の敵なら地面を隆起させて貫くとかできるけど、ベヒーモス相手だと使える魔法は火か雷あたり……うーん……


 しかし……森を焼くわけにも……



『ウルァアアアアアアアア!!』



 考えてたら全方向から突進してきた。

 もう良いや。森焼いて怒られよ。



「あーあ、やだなぁ……【たかくとどろ──


 ザンッ


 詠唱が終わるより数秒早く、ベヒーモスたちの首が宙を舞った。少し遅れて、胴体がのろのろとくずれ落ちる。


 え?なに?どういう状況??


 ボクが処理できずにいると、中空からスタッ、と1人の男が着地した。


 背の高い男だった。軽装の鎧の上から刺繍の入ったマントを羽織り、後ろでくくった艶やかな金髪を風になびかせている。


 男は血に濡れた剣をさっと祓い、鞘に収める。そこでようやく、今の一瞬でこいつが全てのベヒーモスを斬り捨てたのだと理解した。


 待て待て。剣で?なんで剣でベヒーモスの外皮を切れるわけ??不可能だろ!?


 ゆらり、と擬音がつきそうなゆったりした仕草で男がこちらを振り返る。長いまつげに縁取られたコバルトブルーの瞳が怖いくらい綺麗だった。


 思わず、息を呑んでしまう。

 この男……一体──



「わーーーー!ご無事でしたかリュシオル様!!お怪我は!?あの至上の魔法を生み出す御手に傷でもできたら世界の損失ですよ!!」



 一体何!?!?


 人がシリアスなこと考えてるってのに、金髪の男はいきなり泣きそうな顔で捲し立ててきた。恐ろしいほど綺麗な顔は、恐ろしさとは無縁の百面相。


 てか誰!?今リュシオル様って言ったよね?ボク知らないんだけど!?


ま、まぁそれは一旦置いておくとして……



「はぁ?なに?助けたからって一丁前に心配してるわけ?別に今くらいの敵、一瞬で倒せたんだけど?てかまさに今倒すとこだったし?勝手に割って入ったくせにボクを弱いみたいに扱うの、うっざ」



 舐められるのはムカつく。別にオマエに助けられなくてもなんとかなってたわボケ。まぁ、森を焼かずに倒せたことに関しては褒めてやっても良いけどさ。


 ボクが睨みつけてやると、男は驚いたような顔をする。ほら、出た出た。助けたんだから感謝されて当たり前みたいなやつ?ボクはそういう同調圧力には、ぜーーーーったい屈しな……



「も、申し訳ありませんーーーーーー!」



 男はサラサラの髪を振り乱して、ものすごい勢いでお辞儀をした。

 う、うるせーーーーーー!!

 声も動きもうるせーーーーーーーー!!!



「つ、つい心配な気持ちが先走ってしまい……すみません。差し出がましいことを……」



 ぐぬ。

 ぐぬぬ。


 素直に謝られると思っていなかったので面食らってしまった。男は謝りながら、捨てられた子犬みたいな顔をする。

 その様子にボクも、つい毒気を抜かれてしまった。



「いや、いいけど。助かったし。えと、ありがと」



 ので、普段は絶対言わない“お礼”というやつを言ってやった。レアなんだからな。


 男は、安心したのか顔をあげて口元を緩ませる。うわ、めっちゃイケメン……。ウザ。



「いえいえ、ただあの程度のモンスター相手にリュシオル様のお手を煩わせるのも、と思っただけですから……それにしても先ほどの雷の魔法、素晴らしかったです!攻撃魔法でありながらどこまでも美しく鮮烈で……つい、目を奪われてしまいました。さすがリュシオル様です!」


「あっそ。どーも。てか、なんでボクの名前知ってるわけ?」


「知らないはずがないではありませんか!!」


 また手を握られる。しかもめっちゃ優しくて不快感がない。ナチュラル王子タイプだな。ウザ。



「リュシオル様といえば魔術の天才!16歳にしてS級に上り詰め、A級パーティー『黄金の夜明け』にて様々な功績を残してきたお方ではありませんか!!あなたのお名前は、片田舎の小さな子どもだって知っていますよ!!」


 

 どうも調子の狂うやつだ。キラキラした目も、綺麗な声も、穢れを知りませんって感じでかなーりウザい。


 が、頬を高揚させて捲し立てられて、結構悪い気はしなかった。まぁ?そうよね?なんせボク、S糾魔術師ですからね?



「ふ、ふーん、わかってんじゃん」



 サラッと言ったつもりだったけど、自分の声がちょっとうわずってることに気づく。

 いや、別にめちゃくちゃ嬉しくなっちゃったりしてないが?わかってるなぁって思っただけだが?


 あ、ていうかそうだ。



「オマエ、名前は?」

「あ!申し訳ありません、名乗り遅れました」



 男はボクの手を離し、姿勢を正すと、胸に手を当てて言った。



「俺はルズ=エストレイヤ。剣士職の、S級冒険者です」



 その腕には、黄金の腕輪が輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る