第五章 11 犯人は二人?

 十六時になると、真帆は身支度をした。


 仮眠のお陰で、思考がスッキリとしていた。仮説を書いた便箋の裏に、帰宅してから思い付いた仮説を、さらに加筆した。スマホを取り出すと、写メを撮ってデータ化した。


 先日、紗月から預かった茶封筒を戸棚から取り出した。封筒の中身は、佳乃の毛髪が付いている粘着シートだ。


 手袋を付けると、真帆は、封筒を開けた。ジッパー付きのポリエチレン袋に、二つ折りになった粘着シートが入っている。


 袋を取り出して光にかざすと、真帆は、粘着シートから出ている毛髪を確認した。白っぽい膨らみが確認できた。毛根が付いていた。


 真帆は、十七時に、嶋元と会う手筈になっていた。この毛根を嶋元に託して、調査を依頼するつもりだ。


 芦岡医大には、学生や教職員、患者、近隣企業の健康診断データが揃っている。研究機関なので、DNAデータもストックしていると聞く。


 佳乃は、芦岡医大での受診歴は、ないだろう。だが、笹川の健診データは、芦岡医大にあるはずだ。


 笹川と佳乃の親子関係が一致すれば、真帆の推論は現実となる。


「懸けるしか、ない!」真帆は、心の中で、気合を入れた。茶封筒と穴瀬宛の便箋をバッグに入れると、芦岡医大に向かった。

 

 芦岡医大に到着すると、真帆は、医務室の近くにある、談話室に入った。嶋元との約束まで、まだ時間があった。


 夕方の空腹時になると、真帆はナッツを食べて、血糖値を調整していた。こうした隙間時間に、人目を憚りながら、ナッツを食べていたのだ。今日は断食明けなので、まだ固形物を食べられない。


 空腹を感じているが、餓えの苦しみでは、ない。腹の筋肉が、引き締まっている感覚があった。


 真帆が考えを巡らせていると、嶋元が、時間よりも早く現れた。


「早く解放されたので。こちらへ、どうぞ」と、言いながら、手招きしている。


 真帆は、嶋元の後に続いた。個室になったカウンセリング・ルームに通された。


 急な来訪を嶋元に詫びると、真帆は、本題に入った。


「実は、上浦湖香さんの死因について、調査しているんです」


 嶋元は、テーブルの上で手を組んで、ゆっくりと口を開いた。


「他殺を疑っているんだね。犯人の目星が付いたのかな?」


 真帆は頷くと、茶封筒を嶋元の前に差し出しながら言った。


「まだ仮説です。ある人の毛髪が手に入りました。毛根も確認できています」


 嶋元が、チラリと茶封筒を見る。真帆は、そのまま続けた。


「警察へ提出する前に、嶋元センター長の手で、DNA鑑定をお願いしたいのです。この毛髪の持ち主の息子が、芦岡医大にいると思われます」


 厳しい表情で、嶋元が真帆の眼を見据えて言った。


「岩園准教授は、犯人が二人いると考えているのかな?」


「はい。二人の犯人は、親子だと思っています。親子で結託しているのか? どちらかが、どちらかを庇っているのか? 今は、まだ判りませんが」


 真帆から視線を外すと、嶋元はテーブルの隅を見詰めていた。ゆっくりと視線を戻すと、口を開いた。


「了解した。該当者の目星は、付いているんだね? 敢えて、名前は、聞かないでおこう」


 真帆が一礼して、「正規ルートで依頼すると、時間も掛かりますし……」と、話し始めると、嶋元が遮って口を挟んだ。


「DNA鑑定は、私の専門では、ない。鑑定方法は、承知しているけどね。ところで、正規ルートだと、笹川君の得意分野だね」


 嶋元は、真帆の顔をチラリと見ると、微笑んだ。真帆は、嶋元に、鎌を掛けられた、と思った。ここは、黙っているほうが得策だ。


 嶋元は、茶封筒を開けている。ポリエチレン袋を取り出すと、蛍光灯の光に翳し、毛根を確認した。


 真帆が嶋元の動作を見守っていると、嶋元が次の言葉を発した。


「笹川君に頼めない事情があるから、私の所へ来たんだね?」


 ポリエチレン袋を、茶封筒の中に戻すと、嶋元は真帆の眼を見た。真帆の目論見は、お見通しだと思えた。


 前のめりになると、真帆は、嶋元の眼を凝視して言った。


「お察しの通りです。まだ推論に過ぎませんが。確証が欲しいのです。友人の死だけでは、ありません。根絶しなければ、その……、人体……じっ」


 真帆は、「人体実験」と言いかけて、途中で止めた。


 嶋元は、柔和な笑みを浮かべながら、「貴女の言いたいことは分かりますよ」と、助け舟を出してくれた。


 安堵の溜息をつくと、真帆は先を続けた。


「被害者が、これ以上、増えるのを防ぎたいのです!」


 ゆっくりと首肯すると、嶋元が口を開いた。


「お預かりしましょう。明朝九時に来られますか?」


――そんなに早く?


 真帆の驚いた表情を見て、嶋元が笑みを零す。


「寒い時季は、高齢者の急患が多くてね。連日、昼夜逆転の生活を送っているんだ。だけど、センター長の私が対応すると、若い者が育たない。そんな訳で、夜は意外と暇なんだ。それに、深夜は、実験室も機械も空いているから、使いたい放題だしね」


 嶋元は、遠回しな言い方をしているが、真帆が直感した通り、無理な依頼を快諾してくれたのだ。


「全てが解明したら、必ずご報告します!」


 真帆は嶋元に敬礼すると、退室した。

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