第五章 10 母からのメッセージ

 真帆は、エレベーターで三階まで行くと、自室の鍵を開けた。特に変わった様子は、ない。


 リビングを見た。娘の遺骨を見たが、そのままだった。真帆の留守中に、誰かが入った形跡は、ないと思えた。


 バッグからスマホを取り出すと、充電が切れていた。真帆はコンセントに繋ぐと、電源をONにした。すると、母親からLINEのメッセージが届いていた。


 真帆の従姉の母親が入院した、とある。真帆にとっては、義理の伯母に当たる。


 真帆の従姉は、明石に住んでいた。明石の天文台の近所だ。


 以前、遊びに行った際、高台の洋館を改造したフランス料理店で昼食を摂った。従姉の話によると、洋館は、明石の魚棚うおんたなの会長の持ち物だった。


 初代の会長は、大正時代に遡る。海外貿易を学ぶため、キリスト教徒に回心し、イギリス人やドイツ人と交流を持ったと伝わる。


 明石から姫路まで、JRの新快速を利用すれば、三十分弱で行ける。通学圏内だ。


 佳乃の息子は、裕福なカトリック教徒の家庭に引き取られている。


――明石の魚棚の会長なら、播州地区の漁業組合にも顔が利くのではないか?


 真帆は、我ながら想像力が逞し過ぎると思った。だが、この突飛な考えが、「ビンゴ!」だと思えてならない。母親からのメッセージを見なければ、思い付かなっただろう。


――さすが、ママだわ。グッド・ジョブ!


 真帆は、母親のメッセージに返信すると、穴瀬に仮説として伝えてみよう、とも思った。


 真帆の両親は、神戸の有馬温泉の近くに住んでいる。五年前までは、西宮市内に住んでいた。だが、父方の祖父母が亡くなり、ペンション風の一軒家が遺された。そこで、自宅に居ながら、温泉が楽しめるとあって、移り住んだのだ。


 真帆の父は、尼崎で町工場を営んでいたが、今は兄が跡を継ぎ、引退していた。真帆は、飾り棚の娘の遺骨を見ながら囁いた。


「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに、会いたいね」


 湖香の事件が解決したら、実家の温泉で、断食療法を実施してみるのもいい。真帆は、新たな目標を立てて、心を震わせた。


 真帆の身体は、疲れが出て来た。だが、いつもの頭のフラつきではない。純粋な、肉体疲労だった。真帆は、薬の呪縛から解放されたと、思った。


 壁時計を見ると、十一時前だった。


 真帆は、ノートPCを開けると、救命医の嶋元にメールを入れた。


 次に、御影ラファエル病院のホームページを開く。岸田からの紹介状にあった、内科の富永医師は、火曜日も出勤している。


――明日、ラファエル病院へ行ってみよう。


 真帆は、受診の予約を入れた。次にスマホを手に取ると、アラームを十五時に設定した。仮眠して、体力を回復させたかったのだ。

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