第五章 09 岸田の親切心

 岸田は、真帆が住むマンションの前で車を止めた。


 真帆は、車を降りる前に、岸田の顔を見た。


「先週の火曜日、ラファエル病院で、笹川先生と偶然、会ったの」


 岸田は、しばらく逡巡していたが、ゆっくりと口を開いた。


「多分、笹川さんは、もう、ラファエルには行かないと思うよ」


 真帆の昨晩の仮説が正しければ、笹川は、捜査対象になる。だが、まだ穴瀬には、伝えていない。別の意味が、あるのだろうか?


 真帆は顔をしかめて、岸田の顔を見た。


「笹川先生に、異動の噂でもあるの?」


 岸田は、意味深に首を傾げると、話題を変えた。


「君を防音室に閉じ込めて、悪かった。いずれ分かると思うけど。君を預かってほしいと、ある人から頼まれたんだ」


 真帆は真っ先に、穴瀬の顔が思い浮かび、「警察の人?」と聞いた。


 岸田は、首を横に振った。


「今は、まだ、知らないほうがいい。多分、この土日で、いろんな状況が変わったと思うけど」


 岸田の遠回しな説明が、歯痒く思う。だが、真帆は、冷静に質問を繰り返した。


「土日に、一人で行動していたら、危険な目に遭った、ってこと?」


「そういうことに、なるかな」とだけ言って、岸田は左手を挙げた。


 これ以上の質問は、岸田を困らせるだろう。真帆は、岸田に礼を述べると、車から降りた。真帆は、岸田の車が見えなくなるまで見送った。


――私は、岸田に守られていたのか。誰が、岸田に頼んだのだろう?


 真帆は、マンションを見上げた。断食で体内も脳内もスッキリとしていた。晴れやかな、解放感だった。


 謎がまた一つ増えた。だが、今の晴れやかな心身の状態なら、真帆は、何でも解決できるように思えた。

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