第四章 06 介護付きマンションの謎
金曜日の夜、陽菜から連絡があった。倫子が、真帆に会いたがっている、とのことだった。
翌日の土曜日、真帆は倫子に会うため、御影ラファエル病院へ向かった。阪急御影駅で下車すると、病院へと続く、坂道を進んだ。
途中、倫子が住んでいるマンションに立ち寄った。年賀状のやり取りをしているので、住所は承知していた。真帆は、グーグル・マップで所在地を確認した。介護付きのマンションだった。
介護付きマンションは、《シニア向け分譲マンション》とも呼ばれ、介護が不必要の者も入居できる。管理人が入居者の様子を、毎日チェックするため、独り身の高齢者に人気だ。
低層の小さなマンションだが、重厚感があった。緩やかな傾斜を利用して建てられていた。
先日の倫子の話の通り、薄い石段がマンションのエントランスへと続いている。幅は二㍍ほどあり、自転車や手押し車が通りやすいよう、石段の半分はスロープになっていた。
スロープを歩いていれば、倫子の骨折は免れただろう。
真帆はエントランスの前まで、石段を上った。
倫子は、どの辺りで足を滑らしたのだろう?
真帆が、石段を観察していると、自動ドアが開いた。
黒いスーツを着た女性が現れた。五十代前半の上品な女性だった。
このまま引き返すと、不審者だと疑われる。真帆は、笑顔を浮かべると、正直な気持ちを伝えた。
「吉岡先生と同じ職場の者です。足を滑らせた現場が、気になりまして……」
真帆は、簡単に自己紹介をして、名刺を女性に渡した。
残念そうな笑みを浮かべながら、女性が当時の状況を説明した。
「あの日は、住人の方がゴミを出す時に、袋の底が抜けたのです。間が悪く、天麩羅油を固めたゴミが出てきましてね。すぐに、お掃除しましたが、油の拭き残りがあったのだと思います。本当に、申し訳ございませんでした」
コンシェルジュの女性が、何度も真帆に頭を下げた。
真帆は女性を宥(なだ)めると、質問をした。
「ゴミ収集室は、外にあるのでしょうか?」
女性が首を傾げている。
「マンション内から行けるのですが。外側の出入り口を利用する方も、いらっしゃいますね」
真帆は、「誰かが油を
「高齢者の方でしたか?」
「お顔は見ていません。マスクをして、防寒用のお帽子も被っていらっしゃったので。長身の男性だったと思います」
「その方は、ご自身で掃除をせずに立ち去ったのですね?」
女性は背筋を伸ばし、誇らしげに答える。
「当マンションでは、お客様が共有スペースを汚されても、スタッフが掃除をする規則になっています」
真帆は、「さすが高級マンションですね」とお世辞を発した。油を溢したのは、部外者だと考えられる。
「火曜日は、ゴミの日だったのですね」
女性は、首を横に振る。
「マンション側が、東灘区の基準通り、指定の曜日にゴミを出しています。住人の方は、ゴミが溜まり次第、ゴミ収集室にお持ちいただくだけでいいのです」
近年のマンションで、多く見られるパターンだ。真帆が住むマンションも、このパターンだ。真帆は、さらに質問を続けた。
「今週の火曜日は、出入りの多い日でしたか?」
「毎週火曜日は、十時ごろに吉岡さんがお出掛けになりますね。朝のお散歩の方は、八時前後です。十五世帯のマンションで、単身者か、ご夫婦二人の小所帯です。なので、人の出入りは少ないですよ」
真帆は、丁重に礼を述べると、エントランスを後にした。
犯人は、倫子の行動パターンを知っている人物だと思えた。
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