第三章 08 姫路へ

 龍姫大学への視察は、木曜日に決まった。


 真帆は、穴瀬のプライベートのスマホにメッセージを入れた。


 穴瀬からは、すぐに「了解しました」と返信があった。当日は、穴瀬本人が来るのか否か、定かではない。都合よく休日と合うのだろうか?


 疑問が残るが、現地に行けば判るだろう、と真帆は思い直した。


 龍姫大学は、JR姫路駅から徒歩二十分の場所にある。


 佳乃から駅まで迎えに行く旨、連絡があった。だが、用心のため、直接、構内のカフェテリアへ行くと伝えた。


 姫路は、真帆が住む西宮市からJR東海道本線で一本だ。真帆は、芦屋駅で新快速・姫路行きに乗り換えた。平日の九時台の快速列車は、空いていた。通勤ラッシュを外している上、下り列車だ。


 真帆は、進行方向左側の窓際席に座った。JR神戸駅を過ぎると、瀬戸内海の海岸線が目に入る。


 淡路島や明石海峡大橋を眺めながら、真帆はミステリー小説の朗読を聴いていた。


 Kindle専用のタブレット端末には、本の読み上げ機能がある。スマホのアプリで書籍の朗読が聴けるAudibleも利用している。


 ある論文で、「速聴は脳を活性化する」と知った。そのため、真帆は倍速で書籍の朗読を聴いていた。


 移動中の徒歩や雑用時、耳は暇だ。音楽を聴くのも良いが、知識は増えない。その点、書籍の朗読を聴く『耳読みみどく』は、効率が良い。


 真帆は、隙間時間を利用して、小説だけで月に五十冊以上を楽しんだ。研究資料や論文も、読み上げ機能を利用して耳読している。


 一時間ほどの電車の旅で、真帆はリラックス・タイムを楽しんだ。


 だが、JR加古川駅を過ぎると、真帆の心がざわつき始めた。


 姫路駅に降り立つと、真帆の鼓動が早くなった。低血糖の症状では、ない。佳乃との対面が、起因している。


 芦岡医大側にも、今日の視察は報告している。穴瀬は、一足先に龍姫大学へ行っていると思えた。そのため、真帆の身の安全は、保障されたようなものだ。だが、この心のざわつきは、何だろう?


 佳乃との約束は、十一時だ。真帆は、タクシー乗り場に向かうと、辺りを見渡した。すると、近くのコーヒー・ショップから、ロマンス・グレーの女性が現れた。真帆の顔を見ると、満面の笑みを浮かべている。


 真帆の女子大時代の恩師、吉岡倫子だった。


「視察に来ないか?」と、連絡して来たのは、佳乃だ。近々、真帆が近づいて来るのを察していたのだろう。倫子がいれば、真帆は自由に問い質せない。佳乃にられた! と真帆は思った。


「吉岡教授も、龍姫大学まで?」


 倫子は、当然だと言わんばかりに大きく頷いている。


 倫子の手前、真帆は偶然を喜ぶ振りをした。だが、内心では、悔しさが込み上げていた。

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