第三章 07 敵は龍姫大学にあり

 真帆は、研究棟二階にあるコーヒー・ラウンジへ移動した。奥の席に、穴瀬俊子が座っている。


 穴瀬がタイミングよく真帆の前に現れるのは、今日で二度目だ。


 刑事の勘なのか? 穴瀬も謎の多い人物だ。


 穴瀬が悪戯っぽい笑みを湛えて、「幽霊でも見るような顔付きですね」と、言った。


 心の中を見透かされている。真帆は、愛想笑いを浮かべた。


「ちょうど、貴女にご報告したい事柄があったので、驚きましたわ」


 穴瀬は、ニヤリとしたが、目付きは鋭かった。


「いつもアポなしで、申し訳ないです。どうも通信網は信用できなくて。そろそろ情報が集まって来たころだと思いましてね」


 真帆は着席すると、自身の疑問点や近況を掻い摘んで話した。


 一通り真帆の話を聴き終えると、穴瀬は蟀谷こめかみに指を当てた。


「三人とも、同じアルカロイドが検出されましたか……」


 真帆は、声を落とすと質問した。


「試食に使われたルピナス豆は、龍姫大学が研究している佐用町の物かもしれません。食用ルピナス豆の流通は、日本ではまだ認可されていません。もしソコロフが、極秘で国内産ルピナス豆で試食を行っていたら、アルカロイドの濃度が高かった可能性があります」


 穴瀬が、再びニヤリとして頷いた。

「詳細を調べておきます。代替食品がルピナス豆に決定したら、オーストラリア産を採用する訳ですね」


 真帆はハッとした。警察は、まだソコロフに潜入できない立場だった。穴瀬が何を考えているのか? 真帆は、穴瀬に質問してみた。


「龍姫大学側は、是が非でも佐用町で栽培されたルピナス豆の毒性を知りたかった。穴瀬さんは、そうお考えなのですね?」


 穴瀬は笑みを浮かべているが、肯定も否定もしなかった。


 真帆は、この笑みを「肯定だ!」と、解釈すると、頷いて見せた。


 龍姫大学が研究する食用ルピナス豆は、何らかの形で穴瀬が調査するだろう。


 穴瀬が人差し指を立てて、何度も上下に振りながら話し出した。


「推論でも構いません。何か閃いたら、すぐにご教示くださいね」


 穴瀬の仕草は、湖香が真剣な話をする時と似ていた。穴瀬は湖香の幼馴染で、学年が一つ下だ。幼少期の穴瀬にとって、湖香は憧れの対象だったと想像できる。


 真帆は、微笑ましい気分で口を開いた。


「今週中に、龍姫大学へ行く予定ですよ」


 穴瀬が、お得意の悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「何らかの形で、同行しますよ。当日、私の顔を見ても、知らん振りしてください」


 穴瀬の潜入捜査が始まる。真帆には、警察が動けるだけの証拠が揃ったと思えた。


 表向きは、穴瀬の単独行動だ。だが、穴瀬には、真帆の計り知れない情報網がある。


 不謹慎だが、「敵は龍姫大学にあり」と、真帆は佳乃への接近に、心が躍っていた。

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