第三章 06 佳乃からのメール
自身の研究室に戻ると、真帆はPCを立ち上げて、メールをチェックした。ほとんどのメールが、教務部や学生課からの事務連絡だ。
笹川からのメールも、入っていた。真帆のマウスを握る手が、汗ばむ。件名の横に、添付ファイルのボタンが表示されている。ソコロフの二人の死者の詳細データだ。
深呼吸すると、真帆は震える手で笹川からのメールを開いた。添付ファイルをダウンロードする。数秒の待ち時間が、とてつもなく長く感じた。
二人の死者の血液からは、湖香と同じ植物性アルカロイドが検出されていた。沙月から聞いた話でも、二人の死者は生前、試食に参加していた。
会社側は、遅延型フード・アレルギー検査を受けるよう、社員に促している。沙月は、会社側の注意喚起に従っていた。だが、従わなかった者が被害に遭った場合、労災になるのか?
会社の 《指示》ではなく、 《注意喚起》事項なので、労災は難しいかもしれない、と真帆は思った。
ルピナス豆が原因だと、決まった訳ではない。だが、ルピナス豆が原因だったと仮定すると、提案した沙月は、左遷か、退職を余儀なくされるだろう。
一方の佳乃の立場は、ソコロフ側に提案を求められたに過ぎない。
――もし、佳乃先生が、故意に観賞用のルピナス豆をソコロフに送っていたとしたら?
真帆は、湖香の幼馴染の刑事、
真帆が考えに集中していると、新たなメールが届いた。アドレス登録をしていない者だ。ドメイン名を見ると、何処かの大学機関だ。時々、研究内容に関して、他大学から問い合わせが入る。
メールを開くと、真帆は「あっ」と、小さく声を上げた。
佳乃は、真帆のメール・アドレスを芦岡医大の研究者データ・ベースから探したようだ。
佳乃からのメール内容は、今日のソコロフの会議は、緊急の調査が入って欠席した。久々に会えると思っていたが残念だ、など社交辞令文が綴られていた。
最後は、近々、龍姫大学まで視察に来ないか? と括られていた。
二月から三月は、学生の春季期間だ。研究職員は自由が利く。大学入試係や広報部は忙しいが、大学全体も暇な時期だ。
来週の会議で、佳乃と会える。だが、他の関係者も同席しているので、可能であれば、今週中に佳乃と会いたい。真帆は、佳乃にメールを返信すると、ナッツ類を口に入れた。
二週間前に低血糖の症状で倒れてから、真帆はインスリン注射の回数を減らしていた。
起床時の低血糖は、致命傷になるケースがある。そのため、インスリン注射と熱湯に溶かしたグルコース粉薬は、欠かせない。
だが、昼食や夕食の際、炭水化物を摂取しなければ、急激な血糖値上昇は起きない。そのため、野菜とタンパク質食品だけの食事内容なら、注射を割愛していた。
実践して今週で二週目になるが、今のところ問題はない。
炭水化物は、身体のエネルギー源に欠かせない栄養素なので、完全にカットする訳にはいかない。その事実を鑑み、真帆は、以前から一食に摂取する炭水化物量は、ご飯なら八十㌘と決めていた。
この二週間は、さらに減らして、一日に一食だけ炭水化物を摂るよう、自身のルールを変えていた。
Ⅰ型糖尿病の治療には、薬物治療が不可欠だ。だが、真帆は、食事療法で乗り越えたい、と強く願っていた。
先日の貧血で、低血糖は死と隣り合わせだと実感した。
湖香を含むソコロフの死者三名も、搬送前に貧血を起こしている。
貧血の原因は、個人によって違う。だが、共通の事実は、身体が
犯人がいるなら、植物性のアルカロイドに詳しい者だ。それに加え、身体の低血糖状態にも熟知している必要がある。佳乃は、生理学や病理学にも熟知していただろうか?
真帆は一日も早く、佳乃と面会して問い質したかった。佳乃との再会に想像を巡らしていると、内線が鳴った。
パネルを見ると、研究棟の受付だ。アポなしの来客のようだ。
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