第三章 03 医療視察団

 芦岡医大に戻ると、真帆は岡倉の研究室を訪ねた。


 岡倉は大きなスーツ・ケースを広げ、書類や書籍を詰めていた。


「明後日から、台湾でしたね」と、真帆が声を掛ける。


「今年は医療視察団の当番でね。学生を連れて、向こうの医大や医療施設の引率をする予定だ」


 岡倉の口調から、旅行を楽しみにしている様子が分かる。


 真帆は、取り込み中の訪問を詫びると、沙月との会話を報告した。


「龍姫大学の更科教授は、来週の会議からご出席とのことでした」


 岡倉は、「そうか~」と発しながら、書類の束を仕分ける。


「代替食品の話は、俺がいなくてもいいだろう。岩倉さんが進めておいてくれ。メールは向こうでもチェックするから」


 チラリと真帆の顔を見ると、岡倉が付け加えた。

「どうも龍姫大学さんとは、擦れ違うみたいだね」


 岡倉の表情が、心持ち嬉しそうなのを、真帆は見逃さなかった。 


 真帆は畳みかけるように、「もう一つ、重要な事実が判りましたよ」と、付け加えた。


 岡倉が「何なに~?」と、軽快な口調で、作業中の手を止める。


 岡倉は、軽薄な医師では、ない。だが、マスコミ受けするだけあって、リアクションがオーバーな節がある。


「上浦さんの第一発見者は、久保さんでした。搬送時に、救急車に同乗していたのも、久保さんです」


 真帆は、救命医の嶋元から救急車の同乗者の名前を聞いていた。だが、確実性がなかったので、まだ岡倉に話していなかったのだ。


 岡倉と沙月が面識のあった事実も、今日の会議で確証した。


 残念そうな笑みを浮かべながら、岡倉が呟く。


「久保さん、驚いただろうね。来週の会議に俺が出席できれば、上浦さんの生前の様子を質問できるのだけどね~。視察旅行は、一ヶ月間だ。悪いけど三月の第一週目までは、岩園さん一人でソコロフの会議に出席してくれるかな?」


 真帆が快諾すると、岡倉は、爽やかな笑みを浮かべた。


 岡倉から誘いを受けた時、真帆は、ソコロフの敷地内に入れるチャンスだと考えた。だが、岡倉は、自身の替わりにもなるため、真帆を推薦したと思えた。

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