第一章 メメント・モリ「死を覚えよ」

第一章 01 三人の死者

 真帆と穴瀬は、駅前のコーヒー・ショップに入った。


 穴瀬が前髪を掻き上げながら、声を落として話し始める。


「上浦さんの幼馴染でしてね。単独で動いています。驚かせて、申し訳ないです。ソコロフ工場では、ここ数ヶ月で、他に二名の死者が出たと聞きました。何か、匂うなぁと思いましてね」


 葬儀会場で聞いた、ソコロフ社員の噂話を思い返す。真帆は、穴瀬の顔を見詰めて、記憶を辿った。湖香が生前、近所の一つ年下の幼馴染が刑事になった話をしていた。


 穴瀬に協力すれば、湖香の死の真相が分かると、真帆は直感した。穴瀬の顔を見ると、真帆は口を開いた。


「湖香さんが亡くなった日の晩、お互いの職場から近いカフェで待ち合わせていました。でも、頭痛が酷いからリスケしてほしいとメールがあったのです」


「上浦さんの頭痛は、頻繁にある症状だったのですか?」


「お菓子を食べた後、頭痛が襲ってくると、よく話していましたね」


 穴瀬が、納得顔で、何度も首肯している。


「岩園さんは、医学博士でもありますよね。具体的にどういう状況なのか、専門的に、ご説明いただけますか?」


 真帆は、不謹慎ながら、得意分野の質問に頬が緩んだ。


「甘い物を食べると、血糖値が急上昇しますが、その後、急速に血糖値が下がります。それを低血糖ハイポグリセミアと言います。低血糖時に頭痛が起こりやすいのですよ」


 穴瀬が前のめりになり、言った。


「チョコレート工場の研究所に勤務していたら、試食で低血糖に陥りやすかったでしょうね」


「最近は、《医師監修》や《管理栄養士監修》シリーズのチョコレートを開発していたそうです。砂糖の代替材料に原因があるかもしれませんね。病理解剖が、すぐに行われるといいのですが」


 と言うと、真帆は顔を顰めたまま、穴瀬を見詰めた。


 真帆の表情を読み取ったのか、穴瀬がニンマリとする。


「心当たりがあるので、掛け合ってみますね」


 穴瀬は、スマホを操作しながら、自身の実家が湖香の実家の向かいであったこと。小学生の時に、湖香と一緒に登校したこと。最近はすれ違いで、一年ほど懇意に話していない事実を、真帆に語った。


 湖香が亡くなった日に連絡を取っていたので、真帆は内心、警察に疑われているのかと思った。だが、杞憂だった。


 穴瀬は、信用に値する人物だと、真帆は判断した。そこで、葬儀の時に見掛けた佳乃について、提案を持ち掛けた。


「私と湖香さんの恩師に、龍姫大学の教授になっている女性がおります」真帆は、更科佳乃の略歴を掻い摘んで話すと、本題に入った。


「湖香さんとは、女子大のゼミで一緒でした。三回生の夏、ゼミ合宿で六甲山に行きました。更科先生も、手伝いで参加されていたのです。二泊三日の合宿でしたが、最終日の朝、黒岩 沙羅さらという同級生の姿がなく、今でも行方不明のままなのです」


 穴瀬は、馬鹿にした様子もなく、真剣な表情で訊ねて来る。


「十二年前の行方不明事件と、上浦さんの急逝がリンクすると、お考えなんですね。更科教授に不審な点が、あったのですか?」


 真帆は内心、穴瀬の察しの良さに感心した。


「十二年前も、今日の葬儀でも、同じような表情をしていました。勝ち誇ったような笑みと申しますか」と、真帆は答える。


 穴瀬は、逡巡している。だが、すぐに真帆に向き直って言った。


「興味深いお話ですね。可能な範囲で探っておきます」


 真帆は頷くと、芦岡医大にも、探りを入れられる人物が二人いると、気付いた。


 一人は、ソコロフの《医師監修》チョコレートを監修している内科医。もう一人は、臨床検査技師だ。

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