第5話
昼過ぎ、よその営業の方が課長を訪ねて来られたので、小会議室にお通しして、お茶をお持ちした。
外回りで暑そうだったので、冷たい麦茶を持って行くと、ハンカチで額の辺りの汗を拭っていたその真面目そうな若いサラリーマンは、
「あ、ありがとうございます」
と微笑んで頭を下げたあとで、私の顔を見、
「あれ?」
と言った。
「何処かでお会いしたことないですか?」
と訊いてくる。
「えーと……。
すみません。
何処ででしょう?」
考えてみたがわからなかったので、首を傾げていると、ノックの音がして、課長が現れた。
「いや、すみません。
お待たせして」
と言いながら入ってきた課長の後ろから、一成も入ってきたのだが。
一成はその営業の男を見るなり、
「どうした。
髪が黒いぞ」
と言い出した。
「高徳寺!」
と笑って声を上げた彼は、私を見、
「はいはいはい。
思い出した。
そうか。
お前の彼女だったな」
と言ったあとで、課長に気づき、あ、すみません、と苦笑いして頭を下げていた。
だが、気さくな課長は、
「あれっ?
知り合いだったの? 君たち」
と笑って訊いている。
一成は表情も変えずに、男を指差し、
「高校のとき、杏里をナンパしてきたので、僕が成敗したんです」
と教える。
男は笑って、
「成敗されました」
と言っていた。
……もしかして、学園祭で絡んできたヤンキーの人?
髪が黒いですよ。
真面目そうですよ。
普通にスーツですよ。
そのスーツの内側はピカピカの紫の裏地で、昇り竜とか居るのですか?
と思ったが、当時のヤンキーの面影もない彼は、
「いやあ、高徳寺、久しぶり。
昔の縁で、ぜひ、我が社の商品を」
とパンフレットを渡そうとして、
「杏里をナンパしようとした昔の縁を俺に思い出させても、今すぐ帰れというだけだが」
とすげなく言われていた。
が、いや~、と言って男は笑っている。
本当にただ、懐かしそうだった。
それ以上居ても邪魔なので、杏里は退室したが、中からは和やかな笑い声が聞こえてきていた。
……わかった。
彼はたぶん、学園祭のときに、集団でナンパしてきたヤンキーのうちのひとりだ。
あまりにも変わりすぎていてわからなかったのだが。
向こうも、私のことはすぐには思い出せず、一成を見て、思い出したようだった。
いや、ナンパした私じゃなくて、一成の方をよく覚えているとかどうなのですか。
あちらの方が美しいからですか。
高校一年のとき、学園祭で絵に描いたような不良の集団に絡まれて、一成に助けられた。
「ふふふ。
好きでもない男に助けられ、学校中で噂になる気持ちはどうだ」
と一成は額から血をダラダラ流しながら言っていた。
本当に貴方の復讐の方向性は間違っている……と当時を思い出していると、元ヤンキーの彼が廊下に出てきた。
「こんにちは。
まさかこんなところで会うとはね」
と言う。
ええ、まったくですよ。
ヤンキーの人は突然、更生して早くに結婚し、子どもを作って、親孝行になる人も結構居ると聞きますが。
貴方もそのうちのひとりなんですか? と思っていると、
「いやあ、やっぱり、まだ高徳寺と付き合ってたんだね。
っていうか、あれは別れられないと思ってたけどねー」
と言ってくる。
あの騒ぎのあと、一成とヤンキーさんはすぐにバッタリ街で再会したらしいのだが。
「お前たち、なんで杏里をナンパしようとした?」
と一成に問い詰められ、
「パッと見て、一番可愛かったから」
と答えたら、近くのカフェで一成がおごってくれたらしい。
「面白い奴だよね」
と男は笑う。
「でも、今でもラブラブとかすごいよ。
俺、あの頃付き合ってた彼女とか、もう名前も忘れてるのに」
それはそれでどうなんですか……と思っているうちに、
「じゃあ、高徳寺と課長さんによろしくー」
と言って、川田は去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます