50 霊神の金床

「これが夢の世界の時間を狂わせていた? ……どこでそんな情報を得た?」


 帰還してすぐ私は、ゲンに局長室に呼び出された。

 そして帰還が遅いと怒られたので、拾った懐中時計を見せた。

 ゲンはそれを受け取りながら、懐疑的な目で私を見る。


「持っていた本人がぼそっと言ってたよ」

「…………そうか」


 ゲンは懐中時計をテーブルの上に置く。


「それじゃあこれで、局員の帰還が遅れるってことは無いってことだな?」

「うん」

「まあ、様子見だな」


 ゲンは立ち上がり、飲み物を淹れている。


「……ほれ、飲むか?」


 ゲンがティーカップをテーブルの上に置いた。

 そこには、カップが3つ置かれていた。


「3つ?」

「お前の後ろに1人いるだろ?」

「え?」


 私は振り返る。

 そこには、見えなくなっているはずの夢羽しかいなかった。


「(夢羽、今姿消している?)」

「(それが、さっきの星での思いのチカラを使ってから、消えなくなっちゃったのよ)」

「(それ先に言ってよー!)」


 私はゲンを見て苦笑する。


「それで? ムウが2人……これはどういうことだ?」

「えっとー……実は私、この世界に来た時は元々名前が無かったんだけど、後々『風羽』という名前を貰ったんだ」

「名前が無かった? ……生まれる前に亡くなった? だがその場合、意思疎通はまだ出来ないし、未練が無いから動物達と同じ輪廻の世界に旅立つはず……」


 ゲンはぶつぶつと何かを呟いている。

 私と夢羽は出してもらった紅茶を一口飲む。


「考えてもわからんな。んで、お前が風羽で、そっちはムウか?」

「うん、夢羽だよ」

「そうか……貴方が夢羽か」

「……」


 ゲンはそう言い、渋い顔をしている。


「どうしたの? 夢羽を知ってるの?」

「ああ……こういう言い伝えがあってな……記憶喪失のムウという女の子が、輪廻の世界の扉から現れる。その子に会う事で、ゲンの記憶がよみがえるってな」

「女の子? 甦る? え? ゲンって記憶が無いの? 私は元々自身の記憶が無かっただけだったんだけど……」


 私がそう聞くと、ゲンは頷く。


「それで、思い出した?」

「いや……てか、夢羽じゃなくて風羽が扉から出てきたわけだから、当時思い出すわけないよな。それならこのタイミングってことか……」


 ゲンは、じーっと夢羽を見る。


「そんなまじまじと見ないでよ!」

「あ? 皆んな同じ身体なんだから、見られても気にしないだろ」

「何を言ってるの? 女の子をそんなにじっと見るのは失礼よ!」


 夢羽がそう言うと、ゲンは驚いた顔をした。

 私も持っていたカップをテーブルに置く。


「女の子? 子どもの時は中性だろ?」

「え? 男と女に分かれるのって、子どもを授かった時だったよね? 夢羽、子どもいるの?」

「いないわよ! そう! 中性よ! そうだったわ! ……と、とにかく、人をそんなにじっと見るのは失礼よ!」


 夢羽は何かをはぐらかした。


「ああ、たしかにそうだな。失礼した」


 ゲンは頭を下げる。


「何か引っかかるけど……それよりゲン、思い出した?」


 私はゲンを見る。

 ゲンの顔は沈んだままだ。


「いや全然。あの言い伝えは嘘だったのか?」

「いや私に聞かれても……その言い伝えってどこから伝わってきたの?」

「それが分かれば苦労しないぜ」


 とゲンが言い、沈黙が部屋を包み込む。


「そういえば! 夢羽ってゲンの事知ってなかった?」


 沈黙を破る為、私は夢羽を見て言った。


「それは本当か!?」


 ゲンは期待の眼差しで夢羽を見る。


「い……いえ。あたしが知っているのは別人よ」


 夢羽がそう言うと、ゲンは再びしょんぼりとした。


「記憶がないのって、その身体も関係する?」

「いや、どうだろうな。乗り物限定で変幻自在って事以外、この身体の事もわからないんだ」

「そうなんだ……あ! そうだ! あの金床! その懐中時計もあれで作ったんじゃない? ゲンが聞いた伝承についての本があるかもだし、それで作ってみたら?」


 私は夢羽を見る。

 夢羽はなぜか手を横に振る。


「金床ってなんだ?」

「えっと……なんでもない!」

「なんでもない事はないだろ。さては、さっきの星で何かあったんだな」


 ゲンはこちらを見て怪しんでいる。

 そして机の方へと戻り、何枚かの報告書を取ってそれを読み始めた。


「まさかあれって……」

「もう……風羽、何しちゃってるのよ」


 夢羽は私の耳元で喋る。


「ごめんって。霊神の金床ってあの仮面の科学者も言ってたから、夢羽のかなって」

「だから、あたしは『霊神』じゃないよ」


 夢羽とこそこそ喋っていると


「ははん、これか……綺麗にまとめた報告書だ」


 ゲンは何枚かのうち1枚の報告書を取り、他を机の上に戻した。

 そして、その1枚の報告書をテーブルの上に置いた。

 その報告書は


「あ、サトウさんのだ」

「本当だ。丁寧ていねいね……」


 そこには、邪教の団長である仮面の科学者と戦った事や、その団長が落とした金床についても詳細に書かれていた。


「『霊神の金床』か……霊神? ぐっ!! 頭が!!」


 ゲンが突然頭を抱えてソファに座る。


「え? 大丈夫!?」

「うぐ……!」


 ゲンは痙攣けいれんをし、そしてソファの上に倒れた。

 私はすぐに端末を取り出し、


「ごめん! 至急局長室にストレッチャーを! 急いで!」

「!! りょーかい!」


 そしてタツロウに連絡した。


「私が余計な事言ったからかな? 霊神って言葉に反応していたけど……」

「風羽は悪くないわ……そうね、時期的に運命かもね……」


 夢羽がそう呟いた直後、ガラガラガラというタイヤの音が聞こえ、局長室の扉が開いた。


「急患はどこだ!?」

「こっちです! ソファの上!」

「局長じゃねーか! お前ら、気を引き締めろ! 局長は重いぞ! 俺等のアイドルの風羽隊長に見せつけるぞ!」

「「りょーかい!」」


 なぜか指揮が高まった救助隊の男達は、ゲンをひょいと持ち上げストレッチャーに乗せて局長室を出て行った。


「あれは適任だね……それで、ゲンはどこに連れて行かれたの?」


 見送っているタツロウを見る。


「病院だな。原因を知りたいから、少し話せるか?」


 タツロウはその病院を指した。

 私と夢羽、タツロウは病院へと移動を開始した。

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