第4話

 太陽の光が差し込む自分の部屋で、俺は目を覚ました。

 今日は待ちに待った花火大会の日だ。ベッドの上に座り、寝ぼけた頭を無理やり覚まそうとする。

 昨夜はほとんど眠れなかった。今日は谷咲さんと一緒に花火を見に行く。どう考えても普通の高校生活では起こり得ない展開が待っているからだ。


「やっぱり緊張するな……」


 俺は枕元に置いてあったスマホを手に取り、時間を確認する。まだ午前十時。集合時間の十五時まではかなり時間も残されている。それでも、何を着ていくかとか、どういう話題を振ればいいかとか、考えることは山ほどある。


「服、服……」


 クローゼットを開けて、中を確認する。姉に「いい服着ていけ」と言われたものの、俺の持っている服はどれも無難なものばかりだ。こういうときにオシャレな服を持っていないのは、少し後悔する。

 とりあえず、清潔感が大事だろう。シンプルな白いシャツに、夏っぽいカジュアルなショートパンツを選んだ。

 姉のアドバイスも思い出し、髪もセットしておこうと一階に降りて、鏡の前で試行錯誤する。なんとか整えたところで、スマホが振動した。谷咲さんからのDMだ。


『おはよー! 今日よろしくね! ちゃんと準備できてる?』


 画面を見た瞬間、胸がドキリと鳴った。彼女とのDM欄を開くたびに緊張が高まる。


『おはようございます! 準備は今してます。そっちはどうですか?』


 送信してから、即座に既読がつく。すぐに返信が来るのは、彼女が俺との会話を楽しんでくれている証拠……だと信じたい。


『私はもうバッチリ! 髪の毛もセットして、お気に入りの浴衣も着たよー』

「浴衣……」


 それだけで想像が膨らむ。谷咲さんが浴衣を着ている姿。普段から美少女と評されている彼女が、浴衣姿だなんて……。

 おっと、この辺で助長しておこう。流石に気持ち悪すぎる。


『そっか! 楽しみにしてます』

『あと、今日は自転車で来てね! ちょっと移動するかもだし』


 移動かぁ。まぁ流石に食べ歩きと言っても、屋台は結構広範囲に広がってるし、分からなくもないか。


『分かりました!』


 そう送ると、またすぐにハートマークが返ってきた。

 俺はため息をついて、リビングに向かった。母がちょうど買い物に出かける準備をしているところだった。


「あんた、今日の夕方どこか行くの?」

「ん、ちょっと友達と花火大会に……」

「友達ねぇ。ちゃんといいところ連れていってあげなよ」


 母は少し微笑みながら、俺を軽くからかっている。こんな会話も、今は気にしていられない。急いで支度を済ませて、十五時に間に合うよう家を出た。

 大森中学校の前に着いたのは、集合時間ぴったりだった。周りには部活帰りの中学生たちがちらほらと見えるが、谷咲さんの姿はまだない。少し不安になりながら待っていると、自転車を押してくる彼女の姿が見えた。


「お待たせー!」


 谷咲さんが俺の前で足を止める。

 彼女の髪は今日も黄金色に輝き、浴衣姿がとても似合っている。薄い水色の浴衣に、小さな花柄の模様があしらわれていて、帯は淡いピンク色。手には小さなカゴバッグを持っていて、その姿はまるで祭りのヒロインだ。


「おお、浴衣似合ってますね」


 そう言うのが精一杯だった。彼女は微笑んで、小さくお辞儀をした。


「ありがとー! 沢田くんもさっぱりしてて、涼しそうだね」

「まあ、無難な格好ですけど……」


 俺たちはそのまま大森中学校を後にし、河川敷へと向かった。

 なんで浴衣なのに自転車を選んだんだろうと思ったが、今は黙っておくことにした。


「花火大会、毎年行ってるんですか?」

「うん、家族と一緒に行くことが多かったんだけど、今年は友達と行こうかなって思ってたんだ。でも急に予定が変わって……それで、沢田くんを誘っちゃった!」

「そうだったんですね。でも、誘ってもらって嬉しいです」

「私も! 沢田くんとお祭りで食べ歩きするの、楽しみにしてたんだ」


 彼女は無邪気に笑う。どうやら本当に俺と過ごすことを楽しんでくれているらしい。その笑顔を見て、俺の緊張は徐々に消えていった。

 自転車を止めて河川敷に降りると、すでに屋台が並び、多くの人で賑わっていた。焼きそばやたこ焼き、かき氷の香りが辺りに漂い、夏の祭りの雰囲気が一気に広がってきた。


「どこから回ります?」

「んー、まずはたい焼きかな! それからかき氷食べたい!」


 谷咲さんは目を輝かせながら、次々と屋台を指差した。俺は彼女のリクエストに応えるため、まずたい焼きの屋台へと足を向けた。


「今日は楽しくなりそうだな」


 そうつぶやきながら、俺たちは祭りの賑わいの中に溶け込んでいった。

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恋はふとした瞬間に...⁉︎ とよたま @r3218t_s

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