第2話

 確かに中学一の美少女と呼ばれただけあるな。

 整った顔つきに大きな栗色の瞳、雪のように透き通る白い肌。女の子らしい華奢な身体で、森ノ原独自の少し青みがかったカッターシャツと紺青色のスカートが言葉にできないほど似合っている。

 右手には学生鞄を持っているから、学校帰りなのだろう。この地域から森ノ原学園まではバス一本で通学ができるらしい。


「全然大丈夫です。ベンチ座ってください」


 俺はベンチの影側を空けて、座るように促した。このベンチは半分ほど木陰になっていて、太陽光から身を隠すのにはちょうどいい。


「ありがとー! 本当最近の夏って暑すぎるよね」


 谷咲さんは鞄を置いてからベンチに腰掛けると、左手に持っていた手持ち扇風機を喉元に当てる。


「あっいる? 風」

「いや、大丈夫です。ていうか、なぜ俺なんかに連絡を?」


 しばし沈黙。

 あっスルーされた。


「私たちってさー、中学んとき喋ったことあったっけー?」

「いやないと思います。多分」


 当たり前だ。三年間クラスも同じになっていないし、部活も違う、極めつけに家が全くの逆方向だ。


「あははー。即答だねぇ」

「それはそうですよ。まだこの状況が現実なのか理解し難いのですから」

「なんで? 同じ中学の卒業生同士が会うなんて、別に普通じゃない?」

「じゃあ多分間違ってますよ。普通の定義」


 確かに同窓会とかあるくらいだから、世間的に見ればおかしくないのかもしれない。

 しかし、考えてみてほしい。学校一と騒がれた美少女と、そこら辺にいる一般男子が二人で会うというのは、いくらなんでも問題があるだろう。


「そういえば、沢田くんって西高だよね?」

「は、はい」


 なるほど掴めた。西高というのは俺の通っている公立高校。そこにいる誰かを狙っていて、俺に話をつけろということか。そうでもないと俺と会う理由がない。


「一応言っときますけど、交友関係ほぼゼロですよ? もっと他の女子とかに頼んでくださいよ」


 三宅唯一の友人なら紹介できるが、谷咲さんをあんなのと一緒にはしたくない。


「え、なんのこと? それより西高の先生ってどんな感じなの?」


 え!? まさか教師と禁断の愛そっち系!?


「やめといたほうがいいですよ。うちの教師ロクなのいないんで」

「どういうこと? なんかアンジャッシュしてる気がするんだけど」

「え? 誰か先生狙ってるんじゃないんですか?」


 谷咲さん目が点になる。大きな瞳をクルクルと動かしてから吹き出した。


「あっはは。そういうこと? 違うよぉ、普通に沢田くんに質問しただけだよぉ……」

「ぇえ!? てっきり紹介してくれみたいな流れかと」

「違う違う。私立と公立なら先生の質も違うのかなって」


 先生の質て。可愛い顔してえげつないことぶっ込んでくるなぁ。


「そこそこじゃないですかね? ヤバい人はヤバいし、良い人は良いですよ」

「そっかぁー。ねぇ聞いてよ! 私たちの担任の先生が本当に終わっててさぁー。この夏休みに悪事を全て暴いて警察に突き出そうってクラスで計画してるの」

「何やらかしたんですか」

「機密事項だから喋れないよ。ただ、その担任の名前が沢田って言うんだけど……」


 笑いを堪えきれない様子でそう告げてきた。


「からかうために俺を呼んだんですか!?」

「そうじゃないよ、じゃあ本題いこっか。西条川河川敷花火大会って知ってる?」

「馬鹿にしないでくださいよ。地元の花火大会くらい知ってます」


 毎年七月の終わりくらいに開催される花火大会。ここの自治体が主催していて、花火以外にも河川敷に屋台とかが出店される結構本格的なお祭りだ。

 俺も毎年家族と足を運んでいる。


「沢田くんは見に行く予定とかあるの?」

「いや、特に決めてないです。今年も家族と行くかなーってくらいで」


 普通ならクラスの友人や部活仲間で行くのだが、あいにく俺にはそんな親しい人はいない。三宅? あいつは帰省してやがる。


「じゃあさっ、一緒に行かない?」


 そう微笑んで彼女は、俺の顔を覗き込んでくる。サラサラっと揺れた前髪の間から覗かせた清純な瞳が、俺をじっと見つめている。少し赤らんだ頬にピンクの小さな唇、第一ボタンが外された襟の隙間から鎖骨がチラッと見え……

ってなに見惚れてんだ俺は。気持ち悪い。


「俺と? べ、別に全然行くのは良いんですけど。な、なんで?」

「理由はまた今度ね。じゃあまたDMするからっ! またね!」

 

 ベンチから勢いよく立ち上がった谷咲さんは、顔だけ俺のほうを向いて小さく右手を振った。


「分かりました。あとっ、なんで俺なんですか!?」


 歩き始める谷咲さんに精一杯の声量で聞いた。


「んーとね……内緒っ! じゃあね!」


 そのまま風のように去っていく谷咲さんの後ろ姿を俺はずっと見つめていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る