第7話 織原一⑦

 彼女は明るく笑いながら、軽く息を切らした様子で手を振っている。よかった、彼女のほうからこちらを見つけてくれた。あと少しで遥香さんにメールしてどんな服装なのか聞いて、あたりの女性の服装をじろじろと見る不審者となってしまうところだった。このタイミングで僕に声をかけてくるということはもちろん彼女は―――


「環ーー!久しぶり、元気にしてた?私がいない間さみしくて泣き喚いてたって遥香から聞いたよ?」


 ………あれ?


 それはとても元気な、それでいて透き通るような声だった。だけど、あれ?電話で聞いた声とは違うような…

 というか、『遥香から聞いた』?――ってことは、この人は遥香さんじゃないってことだ。

 と、そこまで考えたところで僕は思い出した。そうだ、彼女は多分「ななみ」さんだ。さっきメッセージの履歴をさかのぼっていた時に見た、なにやら相談事をしていたななみさんのプロフィールアイコンの画像はおそらく自分の写真だった。今目の前にいる彼女をよく見ると、顔も髪型もその画像の人と一致している。そうか、遥香さんに呼ばれたのは僕だけじゃなかったのか。

 てっきり遥香さんと二人だけで会うものとばかり思っていたので、少し驚いてしまった。


「あれ、どした環、はと豆鉄砲まめでっぽう食らったみたいな顔して」


 内心の驚愕が顔に出ていたのか、そう指摘される。だが、こういうことも想定していなかったわけではない。

 大丈夫、こういう不測の事態に備えて情報は得れるだけ得てきたんだ。冷静に、てんぱらずに落ち着いて話すことができれば大丈夫。僕は弥彦環、○○大学の二年生、今から友達と普通にはなして普通に遊ぶ、普通の女子大生。


 ――――よし、大丈夫。


 軽く自己暗示をして、気を引き締めなおしてから口を開ける。


「な、ななみ!ひ、ひさしぶり!来るなんて聞いてなかったからびっくりしたよ!」


少しぎこちない声がでてしまったが、彼女は特に違和感を感じた様子はなくにこにこしながら近づいてきた。そしてそのまま―――


「はい、ぎゅーーー!」


「っ?!」


彼女は急に僕に抱き着いてきた。その事実を脳が理解するのに数秒かかった。突然の緊急事態に、胸の奥で心臓が跳ね上がり、呼吸が止まったようだった。視線は目の前にあった犬のモニュメントを一点見つめたまま、まばたきすら忘れていた。


「なななな、なに?!どうしたの?!こ、これはどういう…」


さっきまでの冷静さは完全に失っていた。だれかに抱き着かれたことなんて生まれてから一度もなかった。そんな一大イベントが急に起こったのだから、仕方のないことだと思う。

それに、彼女の生地の薄い服だと、中に包まれた大きな二つのボールが触れる感覚がとてもリアルに感じられるわけで…

とにかくありえない事態に正気ではいられなかった。


「どうしたのよ、挨拶でしょア・イ・サ・ツ!いつもやってるじゃん。一週間会わなかっただけで忘れちゃった?」


あたふたしていた僕に、ななみさん(多分)は抱き着いたまま僕の耳に向かって直接話しかける。


「う、ううん。忘れてないよもちろん、で、でもなんでここに?」


深呼吸をしてなんとか平静を取り戻し、言葉を選ぶ。


「今日は私と遥香の二人だけだと思ってたから…」


そう慎重に話す。ここで怪しまれて中身が男だとばれでもしたら、どうなることか…想像したくない。


「うん、遥香からそう聞いてる。だからいきなり来たらびっくりするかなーって、サプライズだよサプライズ!」


「あ、そうだったんだ…」


何とか会話は成り立っているが、いつぼろがでてもおかしくない。内心では冷や汗ダラダラだ。


「と、ところで肝心の遥香さんはもう着いてるのかな?」


「ううん、まだ。でもあの子が時間通りに来ることなんてめったにないじゃん。多分まだかかると思うし、駅前のカフェで待ってようよ。つもる話もあるしね?」


なんだつもる話って…。当然ながら僕には心当たりがない…こともない。

環さんは彼女に相談事をしていた。通話の履歴が多かったから会話の内容はとびとびでよくわからなかったが、たしか直近のやり取りで環さんは「自分を見つめなおしたい」と言っていた。つもる話というのはそれに関係していることかもしれない。

彼女の動向を推察するためにも、その話はしておいた方がよさそうだ、


「そうだね、じゃ、じゃあ行こうか…」


「行きましょ行きましょー!」


ななみさんは僕の手を引いて、速足で楽しそうにカフェへ向かうのだった。愉快な人だと僕は思った。









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入れ替わりって最高 夜空の星空くん @izumalist

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