第3話 織原一③

 三時に遥香さんと会う約束をしたので、それまでにある程度環さんについて知らなければならない。さっきは電話越しだったから何とかごまかせたが、面と向かって話すとなると、全然状況が変わってくる。とてもじゃないが、今の何もわからない状態で遥香さんと会うことは避けるべきだ。

 とりあえず、手にしたスマホを見つめた。これは、僕のスマホだ。それは間違いない。最近外で落とした時についたスクリーンの傷、ケースも僕のものだし、その微妙な変色具合までみてそう確信できる。でも、しかし、さっきまで話していた遥香はるかという人物と、僕は一度も会ったことはないし、そんな人物と連絡先を交換した覚えもない。今僕には8月1日から今日までの三日間の記憶が全くない状態で、現状思い出せそうにもない。とにかくこのスマホの中身を確認することで、何か得られるはずだ。

 おそるおそるロックを解除(指紋認証だった)して、画面を開いてみると、入れた覚えのないアプリ、設定した覚えのない壁紙、環さんが勝手に操作したのか?それはわからない。しかし、開かれた中身は、女性のスマホ画面のようだった。女性のスマホ画面を見たことがあるわけではないが、こんなにかわいらしい壁紙を設定することはおそらくないだろうし、この写真加工アプリも、男が使うようなものではない。十中八九、環さんが使っていたものだろう。

 だとしたら、また一つ疑問が生まれる。なぜスマホの中身が丸々環さんのものになっているのか。まず考えられるのは、スマホに備わっているバックアップ機能だ。環さんのスマホの中身の情報をバックアップして、僕のスマホにそのデータを移し替えたのだろうか。

 もしそうだとしても、さらに疑問は増えることになる。なぜわざわざそんなことをするのか、理由が全く分からない。おかげで最初目覚めたときには、中身が入れ替わっていることに気が付かなかったわけだが、それが目的だとは思えない。

 ほかに考えられるのは、超自然的なことが起きたのではないか。ということである。身体の入れ替わりという超常現象が現在進行形で起こっているのである。スマホの中身も同じように入れ替わった、というのもあり得ない話ではないだろう。これ以上考えてもらちが明かないのでスマホの中身についてはここで一旦考えるのを中止する。信じがたいことが起きているが、事実として受け入れるしかなさそうだ。

 しばらく画面を操作していると、一つのアプリに目が留まる。今や誰もが利用しているメッセージアプリだ。中身のメッセージのデータはおそらく環さんのものだろう。これをみれば環さんのことを知れるはずだ。他人のメッセージのやり取りを勝手にみるのは若干とは言えないほどの抵抗があったが、この緊急事態だ。そんなモラルを取り払いアプリを開く。

 予想通り画面にはおそらく環さんのものであろうやり取りの履歴が残っていた。

 履歴には、さっき通話した遥香さんとのやり取りや、他の友人たちとの会話が並んでいる。自分のものではない。いったい僕のデータはどこに行ったんだ?このアプリが唯一の友人や親との連絡手段だったから、知り合いに助けを求めることもできない。まさかこんな形で大学で友達がいないことがあだになるとは…

 そんなことを思いつつ、履歴からなにかしらの情報を得ようとする。





 ――――しばらく履歴を見て、いくつかわかったことがあったので。頭の中で整理してみる。

 履歴を見るに、どうやら環さんの本名は『弥彦やひこ たまき」というらしい。聞いたことがない。地名性だろうか、珍しい苗字だ。僕の苗字もなかなか見ないものだが、弥彦というのもなかなかだ。それに、僕の苗字に含まれる「織」と彼女の「彦」という字、何か運命的なものを考えずにはいられない。だが、それが今のこの事態に関係していると断定するのは無理があった。僕は幽霊や超能力の類は今まで信じてこなかった人間だ。なにか科学的な力が関与していると考えるのが至極当然の流れだ。

 ほかにもいろいろとやりとりを見ていく中で、これは一番驚いた情報だったのだが、彼女は僕と同じ大学に通う、僕と同じ大学二年生のようだった。学部は僕と違う文系の学部のようだが、今までにすれ違ったことくらいはあったのかもしれない。

 さっきから信じがたいことの連続で、精神的に結構きていたが、ここにきて少し胸をなでおろせた感じだ。同じ大学の生徒ならば、環さんと接触することもたやすい。ここでいう環さんは、おそらく外見は僕である、入れ替わった環さんのことだ。僕の外見をしたの環さんは今、どうしているのだろうか。おそらく僕と同じようにパニックになっていることだろう。いや、突然知らない男の身体になったのだ。僕以上に、もしかしたら泣き叫んだりしているかもしれない。そうかんがえると何か申し訳ない気持ちになってきた…



――――とはいえ、これからの予定も、環さんの友人たちとのやり取りも、やはりすべてこのスマホに記録されていた。いまはとりあえず彼女の生活に適応しなければ、すぐに疑われてしまうだろう。だけど、このままじゃ何が起きるかわからない。

 僕は頭の中を支配してきた不安感をどうにか抑えつつ、スマホの画面と再び向き合った。

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