第2話 織原一②
「何黙ってんのー?もう」
考え込んでいた僕に遥香さんはそう言った。通話を始めてからずっと「あの、えっと…」という動揺の声しか発していないのだ。当然の文句だろう。
さて、どうしたものか。話したいのは山々なのだが、何を話すべきなのか、何から話せばいいのか、そもそも今起こっていることを正直に話してもいいのか、とりあえず今の状況をそのまま話して信じて受け取っても大丈夫だろうか。いや、まず信じられないだろう。体が入れ替わっていて、今あなたが話しているのは
「環~?聞こえてるよね?」
心配交じりの声で遥香さんは言う。決めなければいけない。ありのまま今起こっていることを遥香さんに話して、信じてもらえるよう祈るか、それとも、この場は環さんとして振る舞い、自分一人だけで現状を整理することを優先するか。
一瞬(体感では数時間)考えて、ひとまず今はなんとか環さんとして話すことにした。まだ僕自身状況をほとんど理解していないのに他人に助けを求めるのは得策とは言えないし、何より遥香さんについても僕はまだ、何も知らない。何も知らないということは、信用できないということだ。仮に話を信じてもらえたとして、遥香さんからすれば、友人の中身が得体の知らない男と入れ替わっているというのだ。当然警戒されるだろうし、他の人にこのことを広められるかもしれない。いずれにせよ、良い関係を築くのは難しいだろう。ここはどうにか話を合わせることにする。ボロが出るといけないので基本的にこちらからは話を切り出さないようにしよう。
「う、うん。聞こえてるよ遥香さん。ごめん、今起きたばかりでまだ頭がボーっとしてて…」
「遥香さん?どうしたの急に、他人行儀になっちゃって。いつもなら『うっさい遥、今起きたばっかだから後で掛け直して』って言うとこじゃーん。二日酔いで性格まで変わった?」
しまった!早速ボロが出た。友達にさん付けなんてするわけないじゃないか。しっかりしろ織原一!
「あ、い、いやぁ〜やだな遥、冗談だよ冗談。いきなり遥香さんだなんて言われたらびっくりするかなと思って。でも、頭がボーッとしてるって言うのは本当だよ。ぼ、わたし!昨日はそんなに飲んでたかな?確かにちょっと吐き気もするんだけど、やっぱり二日酔いなのかな」
一人称を僕と言いかけたが、なんとか修正して言葉を続けることができた。何もおかしなことは言ってないはずだ。
遥香さんは、僕のぎこちない返事をあっさり受け入れて、明るい声で話を続けた。
「もう、ほんと環ってば、飲むとすぐにぶっ飛んじゃうんだから!昨日もさ、カラオケでいつまでたってもマイク離さなかったんだからね?あ、そうそう、話戻るけど、今日は何も予定ないって言ってたよね?遊び行こーよ!」
僕は当然、環さんの予定なんて知らない。環さんが昨日どんな一日を過ごしていたのかも全くわからない。だが、ここであまりにも知らないふりをすると、また怪しまれてしまうだろう。なんとか自然に話を合わせようと、慎重に言葉を選ぶことにする。
「あー、うん、まあね……行けるけど、何時から?」
「ん-環が今起きたんなら、三時に
「わ、わかった。じゃあ、三時に駅前ね。今から準備するよ」
「うん、それじゃまた後々~」
遥香さんとの通話が終わると、僕は大きくため息をついた。どうやら無事にその場は切り抜けたが、この先が心配だ。そもそも「環さん」がどういう人間なのか、どんな話し方をするのか、どんな友人関係を築いているのか、何も知らないまま過ごすのはリスクが高すぎる。さて、どうしたものか…
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