入れ替わりって最高
夜空の星空くん
第1話 織原一①
「じゃあまた今度やろー」
「おー、今日全然盛れなかったな」
「いやまじでそれ、味方弱すぎたわ」
「まあ今日はそういう日だったってことで」
「「「おやすみー」」」|||
ピロン――
一斉に通話から退出する音が鳴る。
「はーー、疲れた」
思わずそう口に出してしまう。パソコンの画面に表示された時刻は、8月1日の午前4時。6時間近く椅子に座っていたため、体に疲労が蓄積されているのが分かる。重い腰を上げてキッチンへ行く。ゲームに夢中で何も食べていなかったのだ。歩きながら冷蔵庫の中身を思い出そうとするが、何も浮かばない。腹はとても減っているのだが、手の込んだものは作れそうにない。
冷蔵庫を開けると、ミネラルウォーター、一口で飲むのを辞めたワイン、いつ買ったかも分からないおそらく腐敗が進行しているであろうもやし、それと袋焼きそばが
並んでいた。
「これでいいか…」
手に取ったのは袋焼きそば。もやしも入れたいところだが、これを食べるとおそらく明日死ぬほど後悔しそうなので、残念ながらゴミ箱いきだ。
正直焼きそばを作る気力さえないのだが、家にあるまともな食料がこれしかないので仕方なく、しぶしぶ、不本意ながら作ることにする。
まずフライパンをコンロの上に置き、少量の水を入れ沸騰するのを待つ。水が沸騰したら袋から麺を取り出して投入、徐々にほぐして付属のソースをかけたら完成。これが男子大学生の一人暮らしの食卓だ。深夜の静かなキッチンで一人、焼きそばを作るこの瞬間が心地よいと思うのは何故だろうか。
部屋に戻り、机の上を片付けてネットサーフィンをしながら焼きそばを食べる。最近はゲーム配信にハマっていて、暇な時や授業中はずっと観ているのだ。
丁度好きな配信者が配信中だったのでそれを観ることにする。部屋の窓の外をみると、夜明けの気配が少しづつ感じられる。住んでいるアパートの前は森なので、朝になると鳥のさえずりが聞こえてくるのだ。こんな時間まで起きてしまったことに、少しの後悔と、どこか満足感が混じった奇妙な感情が胸に広がる。
「まあ明日(厳密には今日)から夏休みだし、いっか」
そう自分に言い聞かせながら、パソコンの画面に顔を戻す。もう少しこの時間を楽しみたいものだ。
ミーンミンミンミンミン―――――
うるさいなぁ
夏休み初日、
重い体を引きずるようにベッドから立ち上がり、スマホを手に取る。画面に表示された時刻は午後1時。昨夜は朝まで地元の友達とゲームをしていたから、そんなものだろう。
昨日まで大学の期末試験に追われる日々でストレスが限界値まで達していたので、凄い開放感だ。これが人生の夏休みとも呼ばれる大学生の、その中でも本当の意味での夏休みである。
「くわぁ」
まだ脳が覚醒していないのか、大きなあくびがでた。
ん?
何かおかしい、違和感を感じる。何かが、少しずれている感覚。だか、はっきりとは分からない。そのまま足を引きずり、部屋の照明のリモコンを探す。探しながら、視界に映る薄暗い、カーテンの隙間から少し光が差し込んだ部屋の様子が、感じていた違和感を増幅させる。テーブルの上がやけに綺麗な気がするし、パソコン机の上には身に覚えのない雑誌が置いてあった。
…あれ、こんなの買ったっけ?
雑誌の表紙に目を留める。ファッション雑誌だ。それも女性向けの。ファッションに興味が無い訳では無いが、さすがに女性向けのものを手に取ったことはない。頭の中でなにか引っかかるが、まだ眠気があるのか、はっきりとした考えが浮かばない。
そのとき、パソコンの真っ暗な画面に反射して映った自分の姿に目が止まった。
「…え?」
鏡代わりに画面に映る自分―――いや、映っているのは自分の姿ではなかった。長い髪に、細身の体。まさに女性だ。慌てて自分の身体を確認すると、確かに画面に映る姿そのものだ。手は細く、指も長い。おそるおそる手を胸に当てると、今までの自分には明らかになかった膨らみを感じる。
「え、ええ、えええ!?」
パニックになりながらも、部屋の明かりを付けて、ベッドサイドにある全身鏡の前に立つ。目に映ったのは、見たこともない。女性の姿だった。…美女だった。おそらく、大学生くらいの見た目である。
鏡の前で驚いた顔をしているこの美女は、紛れもなく自分―――いや、そう感じるだけであって、見た目は自分とは全く違う人間だ。
というか、さっきから発している声が、まずもって自分から発せられているとは思えない、可愛らしい声であった。
起きたときの違和感はこれか。
自分の顔を何度もつねってみる。ちゃんと痛い。夢かとおもったが、どうやら違うようだ。
焦りと混乱でようやく脳がフル回転を初めたところで、スマホが鳴った。
画面には、「
「
その名前に覚えは無い。電話に出るのを
震える手で画面をタップすると、すぐに元気な声が飛び込んで来た。
「おっはよー!
「え、あの、その…」
何をどう返すべきか分からず、動揺が声に漏れてしまう。しかし、相手の方は特に気にしない様子で、会話を続ける。
「なにー、もしかして寝起きなの?夏休みだからってこんな時間に起きてちゃだめだよ、めっ!」
めっ…?
そんな事現実で言うやつがいるのか、変なことに疑問を持ってしまった。
「環、昨日はだいぶ酔っぱらってたよねー。結局何時に帰ったのー?」
この遥香という人物は昨日のことを話しているようだが、まったく心当たりがない。だが、少しずつ状況が飲み込めてきた。
どうやらこの体の本来の持ち主は、「
ん?とすると余計に分からないことが増えてくる。なんで昨日環さんは、会ったこともないのに僕の家に来て、その上寝てるんだ?
というか、昨日環さんがこの家に来たとして、僕の頭の中にある昨日の記憶はなんなんだ?昨日は朝の4時まで友達とゲームをして、その後ご飯を食べて…
そこまで考えて、一つの結論へ行き着く。無言の僕に構わず一方的に話を続けている遥香さんを、しかし僕も構わずスマホの画面をカレンダーに切替える。
今日の日付は「8月4日」。やっぱり、信じ難いことだが、8月1日から今日までの3日間の記憶が僕には無い。なぜ、どうしてこんなことが起きたのか全く分からないが、ひとまずこの現状をもっと整理して、今電話している相手にどんな言葉を切り出せば良いのか、それを考えないといけない。足りない頭をぐるぐると回してみたが、解決策は浮かばない。
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