第3話 クロテッドクリームとジャム
セレナのマップ検索により、二人はすぐに素敵な小さなカフェを見つけることができた。
「チョコとバニラがありますが、何味になさいますか?」
スコーンを注文したとき、店員は尋ねた。
「ではバニラで」
「私はチョコで」
セレナの後に笑美が答えた。
「紅茶は……」
「アールグレイで」
間髪入れずに、セレナは言った。そのまま彼女の鮮やかな目は、笑美のほうを向く。
「えーと、私は……」
紅茶はあまりよく知らない。とりあえず名前で選ぶことにして「ブリティッシュ・ブレクファスト」と呼ばれるものにした。
「かわいらしい店ね」
改めて内装を見回したセレナはそう呟いた。
帽子やリボンといったかわいらしいものが周りに飾ってあり、壁紙の色がパステルピンクだったので店全体が柔らかい、おとぎ話のような雰囲気をまとっていた。
「そうだね。なんだか不思議の国のアリスのティーパーティーみたい」
「読んだことあるの?」
セレナは手に顎を乗せて、少女に聞いた。
「うん。私本読むのめっちゃ好きで、イギリスに来た理由の一つがそれなんだけど……」
笑美ははきはきと、彼女の好きな作品とめぐる予定であるイギリスの場所を語る。
「シャーロック・ホームズシリーズが大好きで! だから明日はシャーロック・ホームズ博物館行く予定なの。それから明後日と明々後日はオックスフォードっていう町行くんだけど、その町は……」
「かの有名なルイス・キャロルや、トールキンが学んでいたオックスフォード大学があるのよね」
穏やかにセレナは言ったが、笑美は彼女がそれを知っていると思わずぽかんと口を開けた。
「なんで知って……?」
「私も本が好きなのよ。今までほんとうにたっくさん読んできた。最近は全然読めてないけどね。それに、オックスフォードは私にとって……」
ふとセレナはどこか遠くを見つめるような目つきをした。表情はどこか虚ろになり、目の光が消える。
「……昔行った、とても特別な町なの」
冬の木枯らしのように寂しい、乾いた声だったが、彼女はすぐに正気に返り調子を慌ててもとに戻した。
「だから実は私も明後日オックスフォードに行く予定だったの。昔の恩師に泊めてもらう予定なんだけど、日にちまで笑美ちゃんのと一緒なんてほんとに偶然だね。すごい!」
そこで店員がスコーンを持ってきた。お菓子の乗ったかわいらしいお皿とティーポットとカップがテーブルの上に置かれた。
「かわいい……!」
店の雰囲気に合わせていたのか、ティーポットの色も水色や淡いピンクといった愛らしいものとなっていた。
セレナはすぐにカップに紅茶を注いだが、笑美はしばらく写真を撮っていた。
「クリームとジャムがある……」
少女はスコーンのそばに置かれた小さなカップの中の白いクロテッドクリームと赤いジャムを見つめた。
「スコーン用だね」
セレナは手で割ったスコーンに、ナイフで器用にそれらをつけながら言った。
「クリームとジャムどっちを先につけるか、私の先生がとても気にしていたの。確か彼女はジャムを先につけるよう言っていたんだけど、私の友達がクリームを先につけちゃったからつむじを曲げて怒っちゃったんだ」
セレナはそのときの様子を思い出したのかクスクス笑った。
「ゼミの旅行とかでオックスフォードに行ったの?」
「ううん、大学の短期プログラムだったの。夏限定のね」
「短期プログラムなんてあるの?!」
「そうだよ。今でもやってるはずだから、笑美ちゃんもぜひ参加してみて。絶対に人生の宝物になるから!」
彼女は元気に言ったが、笑美はその声の裏に痛みと辛さが隠されている気がした。実際、彼女がそのプログラムを思い出すたびに、顔が曇ることが多い気がするのだ。
一体なにがあったのか気になるところではあったが、いきなり尋ねるのも無礼であった。
「このあとはどこか行きたいところある?」
「えーと、ナショナルギャラリーに行きたいってもともと思ってて」
「ああ、なるほどね。私行ったことあるから、たぶん案内できるよ」
「え? ほんと?」
笑美は目を輝かせた。経験者がいるだけで、旅は頼りないものから一変する。
「でもいいの? 迷惑とかじゃないですか?」
「全然、私どうせ暇だから」
「じゃあよろしくお願いします!」
深々と礼儀正しく頭を下げた彼女に、セレナは口角を上げた。
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