第2話 黄金の時計台
パディントン駅に着いたのは出発してから15分後であった。セレナと笑美はその駅で別れ、それぞれのホテルへ向かった。
「助けてくれて本当にありがとうございました」
笑美はもう一度深々と頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ。難しいかもしれないけれど、また会うことになったらそのときはよろしくね」
「うん……!」
笑美のホテルは駅からそこまで離れていない場所にあった。
まだ午前でチェックインの時間ではなかったので、笑美はとりあえずスーツケースをホテルに預けた。
「さて、行くか!」
13時間のきついフライトのあとなのにも関わらず、笑美はエネルギーに満ち溢れていた。彼女は鞄を一つだけ持つと、さっさと地下鉄に乗り込んだ。クレジットカードのワンタッチで改札を通り、笑美は少し古い感じのする地下鉄の駅へともぐりこんでいく。
(さすが、人多いなー)
ホームに立った少女はあたりを見回して、ぼんやりとそう思う。東京の清潔なメトロとは違い、ロンドンの地下鉄はどこか不思議な、古い湿った匂いがした。
電車はすぐにやってきた。想像よりも小さく丸っこい形をしたものだった。
「あっつ!」
中に入った笑美は思わず小さく叫んだ。電車の中は人が大量にいて、熱風が常に吹いていたので、サウナのような暑さとなっていた。まさに日本の夏を思い出させるものだ。
ウェストミンスター駅についたころには、笑美はヘロヘロになっていた。イギリスがどんな国であれ、地下鉄は日本のものが優れている。それは間違いなかった。
しかし、階段を上りきり外に出た笑美の目に、非常に満足する光景が現れた。
それはかのビッグ・ベンであった。
インターネットで検索して見かけるような、黄土色で霧に囲まれた、どこか不気味な姿は全く見当たらず、代わりに太陽の光を浴びて、きらきらと金色に輝く塔があった。世界一有名な時計台の名にふさわしく、それは偉大で、厳かで、とても美しかった。
「わあ……」
笑美は思わず立ち止まり、感激してじっとそれを見上げた。
だが後ろから来る人々の波に押され、結局移動せざるを得なかった。
近くの緑色の芝生に移動した少女は、ビッグ・ベンをスマホのカメラのレンズに通しシャッターを切った。すぐにファイルを開き、結果を確認する。申し分のない写真が飛び出してきた。
「よし……!」
笑美は小さくガッツボーズを取る。それから少女は周りの偉人の像も撮ろうかと、携帯から目線をあげ辺りを見回した。
「あれ……?」
彼女の目に留まったのは、一人の女性。
服装はさっきと変わらず、風にダークブラウンのセミロングの髪がなびいていた。不思議な色をしたトパーズの目は、ビッグ・ベンを一心に、だがどこかぼんやりと見つめている。
笑美は声を掛けようと少し近づいたが、「迷惑になったらどうしよう」「怖がられたらどうしよう」という不安に襲われ、結局立ち止まってしまう。
(やっぱり邪魔しないほうがいいかな……)
ぐるぐると思考を回転させているうち、宝石のような藤木世麗奈の目は笑美の姿を捕らえた。
「あら、こんにちは」
彼女は花が綻んだような微笑を浮かべた。
「こ、こんにちは! また会いましたね!」
笑美は思わず叫ぶようにして返してしまった。セレナは今度はクスクスと笑う。
「やっぱりみんなここに来るよね。ビッグ・ベンは初めて?」
「はい、こんなに綺麗だなんて思いませんでした……」
笑美はもう一度時計台を見上げた。セレナは彼女に「タメ口でいいんだよ」と言ってから、ぽつりとつぶやいた。
「今日は晴れているから特に美しく見えるね。……まるであの時みたい」
以前にも来たことがあるのだろうか。笑美がセレナのほうを見ると、彼女は突然目覚めたときのようにピクッと身体を震わせた。
「笑美ちゃん、せっかくだから一緒にどこか行く?」
さっきの夢想的な雰囲気とは打って変わって、セレナは明るい声で尋ねた。
「え?!」
「私なんにも計画しないまま飛んできちゃったし、一人でロンドンなんて危ないから一緒にまわるのどうかなって。せっかくの縁だし」
「で、でも迷惑じゃない?!」
「全然! 二人で行けば絶対楽しいよ。もちろん笑美ちゃんが良ければの話だけど」
正直に言えば一人でイギリスをまわるのは不安だった。
セレナさんは同じ大学出身で、どうやら一度イギリスに来たことがあるみたいだ。二人でいれば、犯罪に巻き込まれる可能性も低くなるだろう。
「じゃあぜひとも一緒に……!」
笑美が賛成すると、セレナは心から嬉しそうに笑った。
「私お腹空いてきたかも。笑美ちゃんはどう?」
「結構空いてる!」
「じゃあお昼ご飯の時間にしましょ。何か食べたいものはある?」
イギリスといえば。外側はカリカリで、内側はふわふわの、甘くて美味しいあのお菓子だ。
「スコーンが食べたい!」
笑美は大きな声で言った。
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