絶叫中継

雛形 絢尊

第1話

彼はとてもいい人間でした。

万能で、非の打ち所がないない人間でした。

気を遣えて周りからの評判も良く、私はそんな彼の恋人になれて誇らしい限りです。

いろいろな場所に出掛けて

彼のたくさんの一面を知りました。

とにかく、人に恨まれるような人間ではありませんし、性格も良くまさか、

こんなことになるなんて。

兎に角、今とても苦しいです。

頭が破綻しそうになります。

目撃情報とか何かあれば、即教えてください。

私は今も彼のことを愛しています。



「録画開始してるよ」

そういうと、岩本佑はスマホを起動し、内側のカメラで車内の様子を写した。

どうやらライブ配信を始めたらしい。

それも最近だ。最近になって彼はライブ配信というものを始めたらしい。

「もう撮り始めるのかよ」と運転席にいる早川俊介がいる。岩本は助手席にいるため、早川は映りにくい、しかしカメラを動かしたため若干ながら写り込む形だ。

後部座席にいる江藤学は外を眺めている、対して佐伯隼斗は眠りについている。日頃の疲れからか眠りについている。

その様子を伺ったところで岩本は、大学生のような口ぶりでこう話し始めた。

「はい、どうもはじまりました。今絶賛車内にいるんですけど、これから向かう先、学くんどこでしょうか」

と、後部座席にいる江藤に振った。

江藤は少し枯らした声で、

「心霊スポット、四津ヶ崎トンネルです」と言った。

「そう、今から我々が向かう場所は、なかなかにレベルの高い、四津ヶ崎トンネルです!」

何を水準で決めているのか定かではないが、

とにかく、心霊現象が多発しているらしい。

そのくらいのことしか情報がない。

彼はとあるアプリのライブ中継としてこの様子を皆に見せようとしている。

2人ほどこのライブ中継を見に来ている人がいるみたいだ。こんな真夜中に暇を持て余しているのか、それとも物好きなのか。

「どうでしょう俊介くん」

と今度は自分に振り出した。

「怖いよね」

返答に迷うが、おうと返した。

車通りのない、人気もない山道が見え始めた。

看板にはこの先、通行注意と書かれている。


スムーズにここまで来れた。

日付が変わっているからか、いつものように集合場所のコンビニエンスストアから約2時間。

高速を乗り継いで今この場所にいる。

そこまで、心霊スポットは行ったことがない。

夜このメンツで集まることは多々あったが、

初めてと言っても過言ではないほど無縁なものだった。そう、カメラを持つ岩本が、ほぼ勝手に言い始めたのだった。

「この心霊スポット」と岩本がまた口を開いた。

「絶対呪われるらしいんですよ」

やはり自分は乗る気になれない。自ら呪われに行くなんて。

「自分の先輩が、このトンネルの先にある廃墟に入って。噂ね、噂ですけど2階に仏壇があるんですよ。その場所で手を合わすと必ず呪われるらしくて、その先輩、しっかり呪われて帰ってきましたよ」と彼は少し笑いながら言った。

今から自分たちはその場所へ行く。

彼が笑いながら行ったのも不自然極まりないが、

とにかく、その廃墟には入ることなく帰ろうと早川は思った。

すると、後部座席の佐伯の目が覚めた。

「お!佑!ライブ配信始めてるよ」

と岩本が佐伯を写した。眠い目を擦る彼はまだやはり寝起きの状態である。

「お、63人、結構見てくれてますね」と自分たちにも伝わるように岩本は言った。

「それにしても怖いですね、この山道」

と言って彼は内側のカメラで窓の方を写した。

コメントが続々と来ているようで、

今入ってきた人の『どこ行くの??』や『暗くて見えない』等の文字が横に流れていく。

続けて岩本は四津ヶ崎トンネルということを伝えている。

自分は先ほどから何も言わない江崎に車酔いしてないか?ということを尋ねた。彼は多少ながら車酔いをしていたらしい。

そこで急にナビがルート案内を終わらせたのだ。

甲高い女性の声で、「目的地に到着いたしました。ルート案内を終了します」と。

いや、いやこの道はまだ山道だ。トンネルなんてありはしない。

確かに四津ヶ崎トンネルにナビをセットしたのだが、不思議でならない。

「うわびっくりしましたね、まだ目的地じゃないんですけど着いたみたいです」

と岩本がカメラに向かって話す。

「とりあえず先に進んでみるかと自分が言った。

山道をもう15分くらい登り続けている。

この斜面が続く道にトンネルなんてあるはずはないと思いはじめた。

「もしやトンネルが無くなった?」

と、佐伯が言った。

「それはないそれはない」と岩本が答えた。

車はますます山の奥へ奥へと入っていく。

「怖くなってきましたね」と岩本が続けて弱音を吐くように言った。

先程までの態度とは一変、恐怖を感じてきたのか。

すると、その先50mほど先にトンネルのようなものが見え始めた。

岩本も気づいたらしく、

「みなさま、着きました!あれが今回の目的地、四津ヶ崎トンネルです、ひゃあ怖い」

と言った。

徐々に近づいていき、路肩に車を停める。

自分たちの先に誰かがこのトンネルにいるらしく、青い軽自動車が停まっている。

トンネルに着いたからか、コメントがたくさん流れてきた。『うわ怖そう〜』『生きて帰ってこい』などのコメントの裏腹、『呪われちまえ』等のコメントも流れてきている。

そんなこんなで車から降りる。

するとどうだ、江藤だけが車に乗ったままなのだ。

佐伯が心配そうに、学、大丈夫かと声をかけている。自分も続いて彼に心配の声をかけたのだ。

カメラに夢中な岩本も気づき、心配そうに声をかけるが、「もうやばいかもしれません」とカメラに向かって話しかけている。

とにかく、車にいたほうがいいと自分は提案した。しかし、逆のことを考えたらしく、佐伯は一緒に来たほうが安全と言った。

これまた難しい。どちらにしてもメリットデメリットがあるのだ。

そのまま彼は車に残ることを決めた。

トンネルが明るく見えるようにライトはハイビームのままで。

自分たちは三人でトンネルの奥へと進むことになった。スマートフォンの懐中電灯を持ちながら。

カメラに夢中な岩本はトンネルの外観をこれでもかと映す。

見てください怖いですよと本当に夢中のようだ。

そのあとをついていくように私と佐伯は歩いている。

確かにここは四津ヶ崎トンネルだ。

ネットで調べたとおりの。

土で掘った素掘りトンネルというのか、余計に不気味さが漂う。ライトも薄暗いオレンジ色でその分恐ろしい。

あることを思い出した。

もう一つの青い車のことだ。

トンネルに入り始めたのにも関わらず、人の声や気配すらしない。あの車の持ち主は一体どこへ行ってしまったのだろうか。

そんなことを考えているうちに後ろを振り返ると車のハイビームが遠く見えた。もうこんな場所まで歩いてきたのか。佐伯は何も言わず、岩本ははしゃいでいる。

すると妙だ。変わり映えないこの壁面をふと見ると、ひとりの人の顔のようなものがある。

それと目が合った。

それは見間違いだったようだ。

恐怖のあまり、頭の中に浮かんでしまったようだ。ハッとしたが手の前は真っ暗だ。

まだ夢から覚めない夢の中のようだ。先が見えないのでかなり長いトンネルのようだ。

意識が完全に自分自身になり、騒いでいた岩本の声も反響するが遠く聞こえる。

見間違いであったのが良かったのか、実は実際にあれは人の顔だったのか。考えるとより深く怖くなった。するとどうだ。奥の方から男性と思しき叫び声が聞こえてきたのだ。

それは低く、喉を震わすような。

それから自分は気付いたのだ。

江藤ではないもう一人が今自分の目の前、岩本の後ろを歩いている。皆気づいていないが確かにそこに誰かがいる。腰がおぼつかない高齢男性だ。

彼は立ち止まって後ろを振り返る。

目を背けようとしたが遅かった。

目をこれでもかと開き、恨みを放つような老人だ。

声に出せない声を出した後に、うわあという声が聞こえてきた。岩本だ。

「ちょっとやばいやばい」と慌てて彼はトンネルの奥へ奥へと入っていく。

幻覚なのであろうか、老人は姿を消した。

自分は慌てて岩本を追いかけるが、その途端また、声を絞り出したように佐伯が「女の人、女の人がいる」と叫んだ。

それぞれ見えているものが違う。恐れを背にしても私と無自覚にトンネルの奥へと。

先ほどの低い叫び声はなんだったのか、そんなことを考えているとより一層怖くなった。

完全に慌てていた。目の焦点が合わないほど。

自分が歩こうとすると地面に何か光るものが落ちている。それを取ろうと思った。

それは岩本のスマートフォンだった。

拾い上げると彼らはもっともっと早く走り出したのだ。

その場に確かに見た。首のない若者、2人ともTシャツを着ている。それが真横を通り過ぎたのだ。慌てて後ろを振り返る。

それはやはり幻覚のように消えていた。

何が起きてこんなことが起きているのか。

全く理解ができなかった。

それにしてもなんの曰くがあるのか。

何かの通知が来たのか岩本のスマートフォンを見た。内カメラで自分の顔が映る。

コメントが大荒れの様子だった。

『今さっき口開けた子供映ってたよね』『誰あの髪の長い女の人』等自分が見ていないものを見ているようだ。

完全に置いてかれた自分はそこで「他にはどんな人が見えますか?」と問うた。

すると流れるように『画面真っ暗ww』『何も見えません』とコメントが流れてくる。

確かに自分が写ってるはずだ。

如何にしてこのような事態が起きているのかと自分は2人をまた追いかける。

2人の後ろ姿も見えないほどだ。

おーい、と声をかけても返答がないまま。

するとどうだ。トンネルからやっと抜けたのだ。

おそらく木が覆い茂り、その中で一軒の廃墟を見つけた。この場所がきっと呪いの出処だと悟った。おそらく彼らもこの中にいる。

道はこの先も続いているが、なぜこんな場所に家があるのががまずの謎だ。

いつの間にか玄関の前まで来ていた。

躊躇することなくドアノブに手をかけたのだ。

まるで何かに操られているかのよう。

靴が脱ぎ捨てられたまま玄関には木彫りの熊や

あちこちを見ているこけし、薄暗い家の中には

生活用品が散乱しており、どう見ても時間が経過しているのを伺えた。

壁掛けのカレンダーがある。その日付からこの場所は1988年から時間が止まっていることが分かった。

床が軋む音、この空気は全く嫌なものだ。

落書きされた押入れ、破られたガラス、不愉快極まりないものがあたりに散らばっているのだ。

誰かの気配がした。恐る恐る後ろを振り返った。

車にいるはずの江藤学の姿だ。

彼は死んだ目をしている。

おい、学と声をかける。必死に呼びかけるが彼は応答しない。呆然と一点だけを見つめている。しかしながら仲間を見つけた安心感で少しばかり気の持ちようが変わった。

いなくなった彼らはきっと2階にいる、そう思いながら階段を探す。

雑誌や紙が散乱している中、それを踏みつけるように歩く。

スマートフォンの明かりだけではやはり物足りない。

階段を登った先に誰かいる。

不自然に髪の伸びた女性がいる。

それと目が合った。

江藤は気づいてないように階段を上がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絶叫中継 雛形 絢尊 @kensonhina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画