第3話

3月3日

 上十さんと別れ、俺はまた違う町へ向かう事にした。

 当然徒歩だ。

 途中動かせそうなバイクを見つけたので乗ってみたのだが、速攻でこけたので乗るのを止める事にした。

 何なら走った方が速い事にも気づいた。


 3月4日

 隣町へは思いのほか早く着いた。

 持久力が上がっているので疲れにくいから移動速度も上がったようだ。

 当然のように、この町も崩壊している。

 だがこの町へ入った瞬間、なんとなくで持っていたラジオが反応した。


 どうやら誰かがラジオ電波に発信しているらしい。

 いきなり聞こえたのでかなり驚いた。

 ただ内容は分からなかった。


 3月5日

 この町には怪物がいない。

 いや、正確には怪物の死体はあった。

 どれも殺されており、死因は恐らく鋭利な刃物によるものだ。

 最初は上十さんが俺より先に来ているのかと思ったが、恐らく俺と同じ剣だと思われる。

 それに、妙に黒焦げの死体も多くあった。


 3月6日

 かなり町の中を回ってみたが、人ひとり出会わない。

 だが妙な違和感のようなものを感じる事がある。

 視線、というべきだろうか。

 明日は、視線を感じた場所へ行ってみようと思う。


 3月7日

 人に出会えた。

 というか、襲われた。

 俺が寝床にしていた場所に、夜中3人組が襲ってきたのだ。

 何とか追い払う事が出来たが、なぜ俺が襲われたかは分からない。


 なので昼間、視線を感じた場所に行ってみたが、だれもいなかった。

 ただ、タバコの吸い殻があったので人間がいたのは間違いないだろう。


 3月8日

 この町の小学校に、生存者の集まるキャンプがあった。

 何度かその前を通ったが、俺は気づかなかったのだ。

 だが今日、俺の前に昨日襲ってきた3人組が現れた。

 なぜ襲ってきたのか聞いてみたら、どうやら他所から来た奴に当然襲われたらしく、かなり神経質になっていたらしい。

 小学校の中には20人近い人がいた。


 そして小学校の中に気づかなかったのは、魔法によるものだと聞いた。

 どうやら覚醒者にも種類がいるらしく、俺や上十さんのように剣や槍を呼び出すやつや、炎を出したり、人が近づかない結界のようなものを張れる魔法使いのようなタイプもいるらしい。

 俺はキャンプの中には入れてもらえなかった。

 理由は、怪しいからだそうだ。

 襲われたのなら仕方ないと、俺も納得した。


 襲ったやつは、片腕の奴だったらしい。



 3月9日

 幾つかの情報交換を行った。

 どうやらこの町の怪物はいなくなったわけではないらしく、地下に潜んでいるらしい。

 手伝いはいるか聞いたがいらないらしい。


 キャンプの中に俺の姉ちゃんはいなかった。

 やはり姉ちゃんは……。


 3月10日

 ゲートが開いた。



 ――――


「早く、戦えない奴を体育館の中へ避難させろ!!」


 早朝、日も昇っていない時間帯に、慌ただしい男の声が響く。

 周囲は既に騒然としていたが、数人の大人が誘導する形で体育館の中へ入っていった。


「クソっ、終わったんじゃなかったのか!」


 空に浮かぶ巨大な門を睨みつけ、男は拳を握る。

 数か月前の悲劇を思い出し、今度はそうはさせないと息巻く。


「避難完了しました!」


 男に声が掛けられる。

 そちらを向けば、息を切らした女がそこにいた。


「よし、胡桃は彼らを守ってやってくれ」

「そんなっ、私も戦えます!」

「その間にここを襲われるわけにはいかないんだ! 頼む胡桃」


 男の言葉に、女は俯きながらも決心したように顔を上げた。


「どうか、死なないで」

「あぁ、もちろんだ」


 女が体育館の方へ走っていく。

 再度門へ目を向けるが、まだ門は開いていなかった。


「隊長、あいつはどうしますか」

「あいつ?」


 今度は違う男に声を掛けられる。

 隊長と呼ばれた男は、何のことかと聞き返す。


「ほら、数日前に街に来た」

「あぁ、そうだな。戦力は多い方がいい。手伝ってもらえるなら手伝ってもらおう。逃げてなければ、だがな」

「逃げたりはしませんよ」


 隊長の言葉の後に、姿を現した裕樹が声を掛ける。


「すいません、緊急事態だと思って勝手に入りました」

「あぁ、いや問題ない。助力感謝する。そういえば、君のレベルはいくつだ?」

「えっと、17です」


 裕樹がレベルを告げた瞬間、明らかに隊長ともう一人の男の表情が変わった。

 落胆、という言葉が正しいだろう。


「来てもらって悪いが、君も体育館の中にいたほうがいい。死んでしまうぞ」


 裕樹自身、上十という他の覚醒者に出会った時に感じた事があった。

 どうにも、裕樹のレベルは低いらしい。

 覚醒という現象、レベルに関しても分かっていない事の方が多いが、この怪物の溢れる世界で戦ってきた彼らは、レベルが如何に重要かを理解していた。

 隊長自身もレベルは45を超えており、もう一人の男も40近い。

 上十も裕樹が出会った時点で、30を超えていた。


「でも「隊長! 門が開きます!!」」


 裕樹の言葉に重なるように、他の男の声が届く。

 裕樹の弁明もなく、隊長はそちらへ走って行ってしまった。


「そういうわけだから。お前も体育館の中にいろよ。守ってやるから」


 と、もう一人の男も門の方へ走っていった。

 勇んで出てきた割にレベルが低いと戦力外通告された裕樹は、なんとも居心地の悪さを感じながらとぼとぼと体育館の方へ向かっていった。




 ――――


「来るぞ! 全員気合を入れろ!!」

「はい!!」


 隊長の言葉に、複数の覚醒者が応える。

 この町の中にいる覚醒者は体育館に避難している者を除き6名。

 全員レベルが30を超えており、何度も怪物と戦っている。

 歴戦といえば言い過ぎだろうが、そう簡単に負けないだろう自信があった。


 空中にある門が開く。

 全員の脳裏に、あの日の惨劇が浮かび上がった。

 今はそうではない。

 ここにいる全員が戦う力を手に入れている。


 あんな悲劇はもう起こさない。


『グォォオオオ!!』


 そんな彼らの戦意は、門を潜って現れた巨大な飛竜に砕かれた。


「あ、あぁ……」


 その姿を見た瞬間、全員が死を予感した。

 目の前に現れた、明確な線引き。

 単純な話だ。

 生物としての格の違い。

 レベル云々ではない。

 蟻数匹が象に歯向かう、その程度のレベルではない。


「――――怯むなぁ!!!」


 それでも、隊長は声を荒げた。

 全員がはっとしたように動き出す。

 そう、出てきたのは飛竜だけではない。

 飛竜に続くように、何十体という怪物が現れている。


「あの竜みたいなやつはすぐには襲ってこないつもりだ! 今のうちに地上を片付けるぞ!!」

「はい!!」


 各々が武器を呼び出し、地上に降り立った怪物へと立ち向かう。

 地上は即座に戦場と化した。

 隊長もまた、空を悠然と飛行する飛竜に気を配りながらも目の前の敵を倒すべく戦い進めた。


 地上に現れた怪物は、ゴブリンやウォーウルフも交じり、他に人型の豚とも猪とも似通った――オーク。

 それよりも巨大な人型の牛――ミノタウロス。

 更に移動する巨木や翼をもつ怪物も交じっている。


「クソっ、数が多い! 多すぎる!」


 レベルが上がっている事で高い身体能力は、人間よりも遥かに強靭な怪物たちと互角以上にわたり合うことが出来ている。

 だが数が足りない。

 覚醒者とはいえ6人程度では、殲滅には程遠い。


(負けるかよ! もう失わせるもんかよ! 戦える! 俺は戦えるんだ!!)


 隊長が腕を振るえば、数体の敵が纏めて蹴散らされる。

 他の覚醒者も善戦している。

 それでも数が減らない。


 『グォォオオオ!!』


 その時だった。

 空を飛ぶ飛竜が震えあがる程の咆哮をあげる。


「――全員横に避けろ!!」


 飛竜の姿も見ず、隊長は大声を上げて自身も体を怪物たちの降り立つ道路から横に避ける。

 その瞬間、凄まじい熱気が彼らを襲う。


 飛竜が道路に沿うように、炎を噴き出したのだ。


「熱っ!」


 凄まじい熱気に息苦しを感じながら目を凝らすと、そこには何もなかった。

 コンクリートの地面は溶けて抉れ、まるで溶岩のように赤くなっている。

 直線状にいた怪物たちは、残らず消えていた。


「は、はは……」


 思わず、隊長は笑いを零してしまう。

 笑うしかなかった。


「もう、終わりだ……」


 あんな化け物、どうしろというのだ。

 人間がいくら強くなったとしても、どうにもならないだろう。

 絶望に隊長は手に持っていた武器を落としてしまう。


 完全に戦意が折れていた。


『グォォオオオ!!』


 再度、飛竜の咆哮が聞こえる。

 今度こそ終わりかと目を閉じて全てを受け入れた隊長だったが、来るはずの熱が来なかった。

 あるいは、それすら感じる間もなく死んだのかと思ったが、しかし待てど変わらず隊長は目を開く。


 『グォォオオオ!!』


 飛竜の咆哮は聞こえている。

 だが来るはずの炎は、なぜか地上ではなく上空に放たれていた。


「何が起こっているんだ……」

「隊長!!」


 隊長のもとに、男が現れる。


「生きていたか」

「えぇ、隊長の声が聞こえたんで。それよりも、あれを見てください」


 男が飛竜を指さす。

 否。

 男が指差したのは、飛竜の周りを飛び回る何かだった。


「あれは……」

「以前報告した子どもを覚えていますか?」

「あぁ、小学校の中に来ていたから、体育館に避難してもらったはずだが」

「そいつです。そいつが、あの竜と戦ってるんです」


 馬鹿な、と思った。

 なぜなら彼は、レベルが17だと言っていたからだ。

 40を超えた自分が戦えないのに、たかが17レベルが戦えるはずがないと。


「そんな馬鹿な」

「すいません、恥ずかしくて報告してなかったんですが、おれたちあいつに負けてるんです」

「お前がか?!」


 それは確かに、報告されていなかったことだ。

 町に不審な人物がまた現れたと、その報告だけは受けていた。

 監視だけに留めていたが、手を出したのだろう。


「3人がかりで、怪しい奴を捕まえようとしたんですが、軽くあしらわれたんです」

「3人でだと?」


 それが本当だとすれば、とんでもない話だ。

 隊長の考えでは、レベルはそのまま強さに直結する。

 全員30を超えている3人が負けるなど、ありえる話ではない。


 だが飛竜と対峙し、尚且つ未だやられていない所をみれば、嘘ではないのだろう。

 嘘だとすれば、レベルの方だ。


「17レベルではなかったということか」


 そうだとすれば、過小な申告をした子ども――男に隊長の不信感が高まっていく。

 前線で戦いたくなかったからレベルを過小に報告したのだと、勝手に想像を募らせていく。


「被害状況はどうなっている?」

「恐らく、ほとんど全滅です」


 隊長は歯噛みする。

 そしてその原因になった男に恨みすらも募らせていた。

 当然、裕樹からすれば逆恨みも甚だしい。

 だが今の隊長には、それが逆恨みだという事に気づくことは出来ない。


「あっ」


 隊長の隣にいた男が声を上げる。

 隊長も顔を上げれば、飛竜の首が両断され、地面に落ちていくのが見えた。


「許せるものか」

「え?」


 隊長の言葉を、男は聞き取る事が出来なかった。



 ――――



 3月11日

 ゲートが開いて一日。

 俺は逃げるように町を出て行った。

 というのもレベルを告げると非難しろといわれたのだが、戦況が怪しそうだったので体育館にいた結界を張れる女の人に協力してもらって竜を倒したのだが、なぜか俺のせいで壊滅したことになったのだ。

 意味が分からない。

 突然襲われて、結界の人や生き残ったもう一人の男の人が弁明しようとしていたが、隊長と呼ばれた男は聞く耳を持たなかった。

 なので俺は逃げる事にしたのだ。


 それよりも、俺のレベルってやっぱり低いんだな。

 なんかショックだ。

 

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