第2話-⑦

快晴の青空、夏の香りそしてパンの焼けた匂い。


「こんにちはー」


聞き慣れた声と共にカランカランと自動扉に掛けているウィンドチャイムが心地良く鳴る。


「ぁ、ユズ!」


身長の高い忠春ただはるは俺の姿を見つけるといつもの笑顔で寄ってくる。


「はよ、忠春ただはる土曜日ってのに本当にはえーなお前は」


「だって、俺の好きなメロンパン人気だからすぐ無くなっちゃうじゃん、早く来なきゃ」


「ほんとお前は好きだなうちのメロンパン」


小さい頃から忠春ただはるは俺の両親が営む小さなパン屋のメロンパンが大好物だ。

休みの日は必ずうちのパンを買いに来る。

有難い事に忠春ただはるの家族もうちのパンが好きみたいで家族の分も買って帰る。


「おーい、メロンパン焼けたぞ〜」


すると親父が厨房から焼きたてのメロンパンを持ってくる。


「焼きたて!」


「お!忠春ただはる来たんか!今日のおすすめはカレーパンだ」


「カレーパン!」


目を輝かせ焼きたてのメロンパンとその横に置いてあるカレーパンを今にもヨダレを垂らしそうな顔をして眺める。

俺はこの忠春ただはるの目を輝かせて楽しそうに笑う笑顔を見るのが好きだ。

トレーの上に好きなだけパンを置く忠春ただはるは満足したのか、レジへとトレーを持ってくる。


俺はトレーを受け取りひとつひとつの値段をレジに打ち込む。


「ねぇ、ユズ」


「んー?」


「パンの値段全部覚えてるの?」


その言葉を聞いてレジのボタンを押す手が止まる。


「当たり前だろ、何年ここでレジ係してると思ってんだ」


「パン全部?」


「全部」


「新作も?」


「新作も出る度に覚えてるよ、しかも最近は物価高だからな、値段も昔と変わってるからその都度覚え直してるよ」


「凄いよね、ユズって」


「今さらかよ」


このレジに立つようになったのは小学5年生の頃。その頃に妹が生まれ出産育児と大変な母親に変わってレジに立ち始めた。

この場所から見るお客さんの顔はいつもキラキラしていてその姿を眺めるのが好きになっていった。休みの日は必ずレジに立ってこの光景を眺めている。



「今日何時くらいに家出る?」


「ぁー、どうしようか 大塚神社おおつかじんじゃだよな」


「そうそう」


今日は海晴かいせいに誘われ忠春ただはる海晴かいせいと俺の三人で大塚神社おおつかじんじゃの夏祭りに行く約束をしている。

去年も三人で行った夏祭り。

それなりに出店も出て十分楽しめる。

大塚神社おおつかじんじゃは隣町にある神社だが、俺らの住む地域からは二駅先の駅から歩いた方が近い。


「約束の時間は18時半だよな」


「そうだね」


「まぁ、電車で15分位だし18時過ぎに出たら十分だろ」


「じゃあ、18時過ぎにユズん来るよ」


忠春ただはるの家は俺の家から徒歩10分くらいで駅に行くには俺の家の前を通る。学校に行く時もいつも迎えに来てくれている。


「分かった、合計1500円です」


「はーい、じゃこれで」


「ん、丁度だな じゃあまた後で」


「うん、また後で」


そう約束をして、忠春ただはるの背中を見送った。

すると中からドタンバタンと階段を降りてくる音がしてレジの前をちょこまかと通る頭が見えた。


花梨かりん車に気をつけて遊べよ」


今年6歳になる妹の花梨かりん

活発でいつも休みの日公園で朝から夕方まできっちりと遊んで帰ってくる。元気で何よりだが。


「うん!」


そんな兄の心配を他所に当の本人は片手に虫取り網に籠を持ってそそくさと店の自動扉から出ていった。


店の窓からは暖かい太陽の光が入ってくる。

今日も暑くなりそうだななんて心の中で呟いた。

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