第1話-⑩

「じゃあ、ベッドどこでもいいから」


「…はい」


がらんと空いた3つあるベットの内、一番端の窓際に潜る。

窓が少しだけ空いていて夏の香りが漂ってくる。


彼方おちかたくん、私今から職員会議があるからちょっと保健室空けるわね 扉の前には不在の札貼っておくから誰も来ないとは思うけど」


「…分かりました」


先生はベッドのカーテン越しにそう言って保健室から出ていった。

シーンと静かになった部屋で窓の隙間から入ってくる風が頬を掠めた。

保健室のふわふわの布団からは家の布団とは違う匂いがして、窓の隙間から入る心地いい風と暖かい太陽の光が相まって居心地がよく今にも眠ってしまいそうだった。


『俺が朱雨しゅうを殺した』


自分で発した言葉が頭をよぎった。

梶野かじのくんは俺があんな事言ったのに今まで通り接してくれている。俺の事怖くないと言った。


『お前そんな事するやつじゃねーだろ』


まだ数ヶ月しか関わっていないのに、どうしてそう言い切れたのだろう。

そして…


『俺と朱雨しゅうは付き合ってた』


そう言ったのに、俺が倒れそうになった時躊躇せず抱き止めてくれた。

普通、人殺しでおまけに同性愛者って警戒する人物だろ…。なのに…何も変わらない。


抱きとめられた時に感じた梶野かじのくんの大きな身体。ガシッとした腕に大きな手…。

男の俺を意図も簡単に抱えられた時、梶野くんの匂いがふんわりと風に乗って香った。

その時確かに自分の体温が上がったのが分かった。熱のせいなのか…それとも…

そんな事を思いながら俺は意識を手放した。



















ミーンミンミンミン

蝉が躊躇なく鳴く頃。


ブーンと音が鳴る扇風機。


額にはじんわりとした汗。


『…朱雨しゅう?』


声を掛けても反応しない恋人。


狭い部屋の中で、ただひたらすらに音だけが響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る