第1話-⑧

校舎の窓の外を見ると彼方おちかた海晴かいせいの姿が目に入った。

授業の移動なのか、渡り廊下でふたり仲良く歩く姿。それが俺は何だか気に食わない。

腹の底からふつふつと感情が湧く。


柚希ゆずき?」


俺がボーッと窓を眺めているせいで忠春ただはるは少し心配したような声色。


「ほら、あそこ 海晴かいせい彼方おちかた


窓の外を指さす。


「あ、本当だ 仲良さそうだね」


「だな…」


俺の素っ気ない態度に忠春ただはるは何かを勘づく。


「何?気に入らないの?」


「…まあ…」


あのふたりを見ていると達城たつきの事を思い出す。彼方おちかたの隣にずっといて、誰も寄せ付けないように周りを睨んで、ずっと警戒して、世界にはふたりしか居ないような顔をして生きていた。そんなあいつの顔を俺は忘れられない。


「ふーん なんで?」


「…なんとなく」


「なんだそれ」


海晴かいせいはきっとただ友達として俺らと接するように彼方おちかたと接してるだけだ。それ以上でも以下でもない。

だけど彼方おちかたはきっと違う。

今でも忘れられないあの記憶。



『お前ら…死にてーの?』


中学の時、達城たつきにボコボコに殴られ半殺しにされた数人の同級生達の姿を…。

夕暮れの放課後の教室に血を流しながら倒れる人を…。


『お前…何してんの…?』


あの達城たつきの目を…。


『…真雪まゆきにちょっかいかけたから殺そうと思って…』


その言葉が嘘でも冗談でもなく、本気だと分かったから、だから怖くなった。


『…朱雨しゅう


『……は?』


その時教室の角の暗闇から彼方おちかたが現れた。こいつはずっと見ていたんだ。達城たつきがこいつらの事を殴る所を…。止めもせずただずっと…。


『…もういいよ。朱雨しゅうありがとう』


そう言って彼方おちかたは後ろから達城たつきを抱きしめた。

そのふたりを見て、正気じゃない。こいつら正気じゃないと思った。

簡単に人を殺そうとする達城たつきもそれを止めずにただ眺めていた彼方おちかたも。 あいつらは異常だった。

海晴かいせい彼方おちかたが言っていたという『殺した』発言。まあ事実とは異なると思うが絶対しないと言いきれないのがあのふたりだ。


だから俺は彼方おちかた海晴かいせいといるのが許せない。

















最近よく夢を見る。

暗くて何も見えないのに、少し遠く手を伸ばしても掴めない距離に朱雨しゅうがいるのだけが見える。

俺が手を伸ばして声をかけても朱雨しゅうはその場から動かない。ただジッと動かない。

俺は必死に名前を呼ぶだけで、何も変わらない。次第に闇は濃くなって行き、朱雨しゅうを飲み込んで消える。ただそれだけの夢。


「………」


ベッドの上で夢から覚めた俺はいつも変な汗をかいて、目には涙を浮かべている。

それがここ最近の朝の日常だった。

おかげで寝た気がしなくて、最近身体は怠く重い。そんな身体を無理に起こして学校へ行く準備をして家を出た。





教室に入るといつも通り、梶野かじのくんが席に座り携帯を触っていた。すると俺に気づき手を振ってくる。


「おはよ!真雪まゆき!」


「…おはよ」


朝から元気だなと思い自分の席へと向かう。


「今日は朝ごはん食べたか?」


「…食べてないよ」


「はあー?食べろよ!倒れんぞ」


「…俺の母親かよ」


ボソッと呟いた言葉に一瞬しまったと思った。完全に素で答えてしまったからだ。すると梶野かじのくんは大きな声で笑いだした。


「だはははっ!確かにっ!俺、お前の母親みたいな事言ったわ!だはっ、やべー、自分で言った事でうけてる!だせぇ〜!」


大声で笑う姿を見て俺は少しホットした。

最近たまに梶野かじのくんの前で素に戻る自分がいる。心を許し始めてしまっているのか…居心地がいいのか…自分でもよく分からなかった。


その日はいつも通り授業を受けていたのだが、段々身体が熱くなり頭が重くなってくるのが分かった。頭が重くて身体を机に突っ伏したいくらいだ。


真雪まゆき?次移動」


「…うん」


頭がボーッとしてきて、行動が遅くなる。

梶野かじのくんの声掛けで、重い腰を上げる。

その瞬間、急に立ち上がったせいで視界が揺れた。グラッと揺れた視界に身体が追いつかず体勢を崩す。


「…ぁ」


倒れると自覚して目を閉じるが一向に床との衝撃が来ない。恐る恐る目を開けると俺はしっかり梶野かじのくんに受け止められていた。


「…ってぇ〜、大丈夫か?真雪まゆき


梶野かじのくんは俺を抱きとめながら、俺の顔を覗く。俺の身体はどんどん熱くなってきて、思考が鈍くなってくる。


「…ん?」


俺を起こそうと手を握った梶野かじのくんは異変を感じたのか「ちょっと、ごめんな」と言いながら俺の額に手を当てる。

ヒヤッとした梶野かじのくんの手が心地よかった。


「お前、熱いぞ 熱あんじゃねーか?」


自分で気のせいかもと思っていても、他人からそう言われると一気にしんどさが押し寄せてくる。

もう身体は言うことを効かない。

身体はグダッとなり、心做しか気持ちが悪い。


「…はぁ…」


呼吸も荒くなってくる。


真雪まゆき、大丈夫か?保健室行こう」


「……うん」


梶野かじのくんは俺の身体を意図も簡単に起こし俺の腕を梶野かじのくんの首に回し、腰に手を当てられ支えられる。

頭が朦朧とする中、保健室へと連れて行ってくれた。

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