第22話 作戦会議

 ぼくらは、耶衣子ちゃんの病室で一晩眠った。夜も遅いし、人の多い警察病院にメグたちが襲撃を仕掛けてくることはないだろう、という考えからだった。ぼくは全く気が付かなかったのだが、ぼくらを警備する人が外にいたらしい。


 まさか耶衣子ちゃんのベッドに三人で寝るわけにはいかないので、ぼくとマユミさんが簡易ベッドを病院から借りて寝た。家のベッド程寝心地は良くないけれど、嵐のような一日で心身ともに疲れ果てていたからか、横になったぼくはすぐさま沈み込むような睡魔に襲われ、睡眠を貪った。寝る前にマユミさんが、なんだか修学旅行みたいだね、などと弾むような声で言っていたような記憶はあるのだが、耶衣子ちゃんの反応は無かった気がするし、ぼくも返事する気力すらなく、すぐ寝た。


 翌朝。ぼくと耶衣子ちゃんは体調不良という事で学校を休んだ。

 マユミさんは、無下にされた昨晩の扱いのせいか、不機嫌だった。もしかしたら、簡易ベッドの寝心地が悪くて、よく眠れなかっただけかもしれない。それでも、目下の方針を話せる範囲で話してくれた。


 まず第一に、防御である。ぼくは現在、命を狙われている。そのため、しばらく公安警察の監視と保護のもとで生活する。メグたちが再度現れれば、迎え撃つことになる。


 第二に間接攻撃。メグたちの逮捕のために既に動きがあるという。二人を捕まえられれば、メグたちに指示を出している人間を辿って、九十九研究所側の悪事の証拠を入手することが出来るかもしれない。


 第三が直接攻撃。公安警察が継続的に九十九研究所の関係者を内偵しており、事件化のための材料を探っている。


 この三本柱のどれかが成功すれば、難は去ったと考えていいだろう。この中でぼくにイニシアチブがあるのは、第一の防御である。


「もし、メグとネリーが現れたら……ぼくに話をさせてほしいんだ」

 ぼくには考えがあった。


「それはできないわ。命の危険がある」

「耶衣子ちゃんみたいに防弾ジャケットを着ておくから」

「それでもダメ。今回はマーガレットに耶衣子ちゃんを殺すつもりがなかったようだから助かったけど、何発も、あるいは露出部に射撃を受けていたら死んでいたのよ?相手があなたなら、マーガレットは加減しないでしょうね」

「……本当に、そうかな」


 マユミさんは口を結んで眉根を寄せて、見るからに不快感を表した。お前に何が分かるんだ、とその顔が言っている。


「言いたいことが有るなら言いなさい」

「言うよ。ぼくは二人が本当に、どうしようもなく悪い人間だとは思わない。二人の全てが嘘だったとは思えない。ぼくと耶衣子ちゃんと、四人で過ごした時間は確かに存在しているんだ。二人の笑顔は虚飾なんかじゃないと思う」

「妄言ね。あなたがそう信じたいだけ。あなたにそう思い込ませることこそ敵の目論見よ。真に悪意を持った人間には顔が無いわ。彼ら彼女らは、意識的に何物にも染まることが出来る。私はそういう犯罪者を腐るほど見てきた」


 吐き捨てるようにマユミさんは言う。

 たしかに犯罪者を、悪意ある人間を見知っている数で言えば、マユミさんはプロフェッショナルでぼくは全然かなわないだろう。彼女から見れば、ぼくは馬鹿なことを言っているように見えるかもしれない。でも、メグとネリーを見ていた時間は、マユミさんより断然、長いんだ。


「……マユミさんが犯罪者見ているとしても、心までは見えない。目的と行動が悪意に染まっても、心までは偽れないはずだよ。どんな悪人でも、みんながみんな親や子への愛情が皆無とは、ぼくは思わない。同じように、メグとネリーのどこかには絶対善意が残ってる。ぼくはその善意に訴えたい」

「なんて訴えるのさ。汝、隣人を愛せよって?」

「二人と、もっと学校生活を送りたい」


 マユミさんはぽかんとした顔をした。

 耶衣子ちゃんは小さく噴き出した。


「ぼくは本気だよ」

「マユミ。凛音はもう駄目。篭絡された木偶の棒よ」


 笑いを必死にこらえた耶衣子ちゃんがぼくを詰る。そんなに笑わなくてもいいじゃないか。


「それはちょっと……酷いんじゃないかい?」

「事実。美少女ならここにもいるのに」

「十八歳オーバーが少女って……うわっ!」


 ぼくはすんでのところで耶衣子ちゃんの投げた枕を回避した。枕は病室の壁に音を立てて激突し、無残に床に転がった。耶衣子ちゃんは舌打ちした。


「こら、病室で暴れない! もう、分かったわ。分かりました。マーガレットとコルネオーリ、この二人と凛音が話す機会を設けてあげる。でも譲れない条件がある。二人が武器を持たず戦闘力を喪失したときで、更に行動の自由のない捕縛状態であるとき。このときだけよ。あとは勝手にしなさい」

「恩に着るよ、マユミさん」


 ぼくは呆れ顔のマユミさんに礼を言った。やっぱりマユミさんは、優しいのである。


 かくしてぼくらは、第一の作戦について具体的な内容を確認した。

 こう言うと、仰々しいように聞こえるが、ぼくがすることはほとんどない。

居場所が分かるようスマートフォンの現在地お知らせ機能をオンにしておけだとか、緊急時の連絡はどうしろだとか、警戒を怠るな、とかその程度だ。

 勿論、家を出てからはほとんど、耶衣子ちゃんというボディガードと行動を共にすることになるのだが、それすらいつものとおりで、ぼくからすれば普段の日常と大して変わらなかった。


 ぼくは普通に学校に行くだけ。あとは自宅をマユミさんと他の警官で警備。

 一見、対策が見えず防御を捨てて猛攻にでるボクサーのような作戦であるが、これにもちゃんと理由がある。

 

 まず、研究所に対するけん制だ。

 今回のことで、ぼくにはマユミさんを含む警察がくっ付いていることを、メグとネリーはもちろん、二人の裏にいる依頼者だって気付いたに違いなかった。それは悪いことばかりかというとそうではなくて、依頼者へのけん制になる、とマユミさんは踏んでいる。


 要するに、公安が見ている前であからさまな犯罪行為は不可能、という見立てだ。もし不正な行為を行おうものなら、いかに軽微な不正であろうと公安につけ入る隙を与えるぞ、という脅しである。これで研究所そのものの介入は抑止できるはずだ。


 一方、研究所から独立しているメグとネリーに対してもまた、ぼくが学校へ行く、という単純作戦がぼくらに有利に働く。

 これは、メグやネリーを捕まえることで研究所の不正を芋蔓式に引っ張り上げるという第二の作戦企図と逆行する考えではあるが――彼女たちがプロフェッショナルなら、捕まえても依頼主との関連が露見する可能性は低い。依頼の痕跡を消したうえで、可能な限り迅速に、秘密裏に、ぼくを狙うだろう。顔が割れている彼女たちからすれば、捜査の手が伸びる前にミッションを終えて退散したいはずで、もし周囲を巻き込む大事にしてしまえば、逃亡が困難になってしまう。それは彼女たちが望むところではないはずだ。


 そう彼女たちの心情を推察し、ぼくらは学校が安全地帯だと考えている。

 学校のように隠密作戦が困難で、不特定多数の生徒達が居る中では、オペレーションは必然、大規模にならざるを得ない。つまるところ、学校での襲撃は無いはずだ。

 こうした想定を踏まえてぼくらは、襲撃があるとすれば登下校時の僅かな間、と想定した。あとは想定に合わせて登下校時の警護を密にすれば、メグとネリーに対する防御壁兼包囲網が出来上がるという訳だ。

 これぞ、マユミさんが言うところの積極的防御策である。


「私たち警察で考えた作戦はこんなところね。学校に通う学生からの視点でなにか気付く点はある?」


 マユミさんはすっかり警察官の風体で、凛々しさを取り戻していた。

 彼女の話を一通り聞いたぼくは、いくつか気になる点があった。


「まず大勢のいる所なら大丈夫、って前提だよね。これは大丈夫なの?」

「絶対、と言い切れない部分ではあるわ。だから学校の出入口に警備を配置して監視する。出入口は限られるから監視もしやすい。それに彼女らが警備を見れば、待ち伏せしている所にわざわざ捕まりに来ないでしょ。他には?」

「あと……反対に、一人にならざるを得ないとき。つまり、ぼくがトイレに行きたいときはどうするの?」

「私が一緒――」

「それは絶対無いから!」


 耶衣子ちゃんがとんでもないことを言いかけたので、ぼくは先手を打った。学習が進んで耶衣子ジョークの予測精度が上がってきたようだ。耶衣子ちゃんは、目線を寄越してむすっとした顔をしている。


「校内警備が一番厄介なのよねえ。耶衣子ちゃんみたいに潜入できる子がいるとほんと助かるんだけど、今更、男の追加潜入要員は用意できないし……」


 マユミさんはちらり、と耶衣子ちゃんを見る。


「いや、それは流石にないよ?」

「それならば……」


 今度はマユミさんの視線がぼくに突き刺さる。


「えー、もしかしてそれは、ぼくに建造物侵入罪で捕まれってこと?」

「だよねえ。そうなると、我慢するかあるいは、臀部に最終兵器を装着するか」

「うーん。それは……うーん」


 命と天秤にかけるなら比べるまでも無いんだろうけど、かなり悩ましい。結局、ぼくの中で矜持が勝ち名乗りを挙げた。


「無難に出入口を耶衣子ちゃんに監視してもらう、ということで。まさか男子トイレに窓からメグやネリーが侵入してくる、なんてことないだろうしね」

「じゃあそれで。耶衣子ちゃん、頼むわね」

「残念。私は別に、一緒に――」

「だからそれは無い‼」


 作戦は決まった。あとのことはなるようになれ、である。ぼくはマユミさんと耶衣子ちゃんを信用している。そして、二人には言わないが……メグとネリーのことだって、信じているのだ。

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