第8話 小さな歪
――部屋が暗い。
ぼくは目が覚めて、身体を起こした。
暗闇の中を手探りで、頭元にあるはずの置時計のライトボタンを押した。デジタル表示は深夜一時一三分を示している。置時計の微かな明かりが、真っ暗だった部屋をほのかに照らす。
普段なら床にはいると朝までほとんど目が覚めないので、ぼんやりした頭のまま、なぜだろうと不思議だった。身体を起こすと、無性にトイレに行きたくなって、あぁきっと尿意のせいだと、そう思い込んだ。
自分の部屋から廊下に出た。すると、何か微かに声が聞こえる。最初は一階のテレビがつけっぱなしだったろうかと思ったけど、耳を澄ますとどうやらその声は二階から聞こえてくるようだった。
ぼくの部屋ではない。マユミさんが、ラジオでも点けっぱなしにしているのだろうか。ぼんやりとした頭で、階下のトイレに向かおうとした時だった。
――ひっ。
ぼくはびくりとして、その場に立ち止まった。全身の毛が逆立つような心地がして、息を潜めた。耳に神経を集中させてみる。
そうしているうちに、ぼくは壁に全身が押し付けられているみたいに、胸が、お腹が、ミシミシと苦しくなった。
それは――押し殺したような、すすり泣き。
マユミさんの部屋から聞こえてくるその声は、不規則なリズムで、悲哀に満ちていた。
ぼくは、夕食後の出来事が頭を過ぎった。身体が真綿できゅっと締め付けられるように、どきどきと、鼓動がうるさい。
ぼくは、音を立てないようにゆっくりと部屋に引き返して、それから布団を頭からかぶった。行き場を無くしてお腹の中を蠢く感情を押し宥めているうちに、いつしかぼくは眠っていた。
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