第5話 一族の重み

 早朝、村に柔らかな光が差し込む中、茜は屋敷での朝の仕事を始めていた。蒼真のそばで過ごすうちに、彼の冷たい態度に少しずつ慣れてきたが、彼の目の奥にある影を消すことはできないままだった。彼がどんな苦しみを抱えているのか、その理由を知りたいという気持ちは日に日に強くなっていた。


 その日の朝、茜は蒼真から特別な命令を受けていた。それは、一族に関する古い書物を整理するというものであった。蒼真の一族は、代々この土地を治めてきた由緒ある家柄であり、彼の父もまたこの村を守るために尽力していたと聞いていた。しかし、彼の父の死と共に、一族は大きな変革を余儀なくされ、蒼真が若くして後継者の座に就いたという話が伝わっていた。


(この書物には、蒼真くんの過去や彼の一族に関する何かが書かれているのかもしれない)


 茜はその思いを胸に、慎重に古い巻物を広げていった。黄ばんだ紙には、代々の当主たちが記した出来事や、村の歴史が丁寧に書かれていた。


 しばらくページをめくっていると、一つの記述が茜の目に留まった。それは、蒼真の父についての記述だった。


「……蒼真様の父である当主は、一族を守るために多くの犠牲を払い、この土地を守った。しかし、その代償として家族は次々に病に倒れ、そして当主もまた、若くして命を落とした……」


 茜はその文章を読み、胸が締め付けられるのを感じた。蒼真の父は、一族を守るために大きな犠牲を払ってきた。そしてその犠牲は、蒼真にも及び、彼を取り巻く環境は厳しくなっていったのだ。


 その時、茜はふと蒼真が何かに耐えながら生きてきたことを理解したような気がした。彼が若くして当主となり、一族を背負い続ける責任を押し付けられ、孤独と重圧に耐えてきたことを思うと、彼が冷酷にならざるを得なかった理由が少しだけわかる気がした。


「……蒼真くん……」


 茜は呟きながら、そっと書物を閉じた。彼の背負っている重みを少しでも理解した今、茜は彼のそばにいて、その重荷を少しでも分け合いたいという気持ちがますます強くなっていた。


 ---


 その日の午後、茜は蒼真にお茶を届けるため、彼がいる書斎を訪れた。蒼真は窓辺に立ち、外の景色をぼんやりと眺めていた。彼の姿には、どこか疲れが見て取れた。


「蒼真くん、お茶をお持ちしました」


 茜の声に、蒼真は振り返り、彼女を一瞥した。その冷たさの中にも、どこか安心感を感じたような表情が一瞬だけ現れた。


「……ありがとう、茜。そこに置いてくれ」


 茜は静かにお茶を置きながら、心の中で決めていたことを口にした。


「蒼真くん、私……あなたのお父様のことを、書物で少し読みました。お父様が一族を守るためにどれだけの犠牲を払ったのか、そしてあなたがその後を引き継いでどれほどの責任を背負ってきたのか……」


 その言葉に、蒼真の表情が一瞬で変わった。驚きと警戒の入り混じった目で、茜を見つめた。


「何を……お前がそんなことを知ってどうするつもりだ」


 茜はその鋭い言葉にも怯まず、真っ直ぐに蒼真を見つめた。


「ただ……あなたがどれだけ辛い思いをしているのかを、理解したいと思ったんです。蒼真くん、あなたは一人でその全てを背負う必要はない。私は、あなたのそばにいます。少しでもあなたの支えになりたいの……」


 蒼真はその言葉に、一瞬だけ目を伏せた。彼の肩がわずかに震えているのを茜は見逃さなかった。


「……私は、誰にも頼らずにやっていかなければならない。お前がいくら理解しようとしても、私の立場は変わらない」


 その言葉には、諦めと自己犠牲の色が強く含まれていた。茜は彼がどれほど長い間、自分に重荷を課してきたのかを感じ、胸が痛んだ。


「それでも、私はあなたを放っておけない。蒼真くん、あなたのことを大切に思っているから」


 茜のその言葉に、蒼真は顔を上げた。その瞳には一瞬だけ、感情が揺れ動くのが見えた。そして、彼は少しだけ力なく笑った。


「……本当に、お前は変わらないな。昔から、そうやって私を追いかけてきた」


 蒼真の言葉に、茜は微笑んだ。


「そうね、私たちは昔、ずっと一緒に遊んでいたものね。あの頃のように、もう一度あなたと笑い合える日が来ればいいなと思っています」


 蒼真はしばらく沈黙した後、ふと遠くを見つめるように窓の外を見た。そして、静かに口を開いた。


「……お前には感謝している、茜。でも、私にはどうしても背負わなければならないものがある。それを忘れさせるわけにはいかないんだ」


 その言葉は、彼の決意と悲しみをはらんでいた。しかし、その中に一瞬見えた弱さは、茜にとって蒼真が本当に求めているものを感じさせた。


「蒼真くん、私はあなたを支えるためにここにいます。それを忘れないでください」


 茜の言葉に、蒼真は静かに頷き、その後は何も言わずに再び外を見つめた。その横顔には、依然として冷酷な当主の面影があったが、その中に、かつての優しさもかすかに見え隠れしていた。

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