第6話 決断の刻
村に重い空気が流れていた。蒼真が村に滞在してから、彼が発する冷酷な命令と厳しい態度は村人たちを緊張させ、誰もが彼を恐れるようになっていた。彼の護衛たちは村の防衛を強化し、村人たちに協力を求めているが、その態度はどこか圧力的で、村の人々の心に不安をもたらしていた。
茜はその状況に胸を痛めながらも、蒼真の本心を知るたびに彼を理解し、支えたいという気持ちを強く持ち続けていた。彼の苦しみを知り、それでも一人で重荷を背負おうとする彼を、茜は放っておけなかった。
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その日の夜、蒼真は護衛たちを屋敷の広間に集めていた。茜もまた、彼の側に仕えながらその場に立ち、蒼真の言葉に耳を傾けていた。
「村の周囲で、領土を狙う勢力が動いているとの報告が入った。この村の安全を守るため、次の満月までに兵を増強し、村の周囲に防衛線を設ける必要がある」
蒼真の言葉は冷徹で、護衛たちはその指示に深く頷き、準備に取り掛かるために次々と部屋を出て行った。その後に残ったのは蒼真と茜だけだった。
蒼真は深いため息をつき、目を閉じた。彼の顔には疲れがにじみ出ており、茜はその姿を見て胸が締め付けられるような気持ちになった。
「蒼真くん……本当に、村の人たちをこんなに緊張させる必要があるの?」
茜は静かに問いかけた。彼がどれほど一族を守るために努力しているのか理解しているつもりだったが、それでも村の人々が苦しんでいる様子を見ていられなかった。
蒼真はその言葉に目を開け、茜をじっと見つめた。その瞳には、深い迷いと悲しみがあった。
「茜……お前には分からない。この村は、一族にとって重要な拠点だ。ここを守ることは、一族の未来を守ることに直結している。たとえ村人たちが苦しもうとも、一族のためには仕方のないことだ」
蒼真の声には、彼がどれほどの重圧を背負いながら決断を下しているのかが滲み出ていた。茜はその言葉に一瞬言葉を失ったが、すぐに強い意志を持って彼に向き直った。
「でも、蒼真くん……あなたが村人を守るために努力するなら、きっと村の人たちも協力してくれるはずだよ。怖がらせるだけじゃなく、信頼を築くこともできると思うの」
茜のその言葉に、蒼真は驚いたように眉をひそめた。彼はしばらく黙っていたが、やがて重い声で答えた。
「……信頼、か。父が亡くなり、一族の長として私が立つようになってから、信頼という言葉が遠いものに感じられる。私は力でしか、この村と一族を守ることができないのではないかと……そう思ってきた」
蒼真の言葉に、茜は深い悲しみを感じた。彼が背負っている重圧は、彼自身の信念を歪め、心を孤立させていたのだ。
茜はゆっくりと蒼真に近づき、その手を取った。その手は冷たく、彼がどれほどの孤独と戦っているのかが伝わってくるようだった。
「蒼真くん、あなたは一人じゃないよ。私がここにいる。そして、村の人たちも、きっとあなたのことを理解してくれると思う。信頼はすぐに得られるものじゃないけど、あなたが変わろうとすれば、きっと皆も応えてくれるはず」
蒼真は茜の手を見つめたまま、しばらくの間黙っていた。そして、少しだけ顔を上げ、その瞳にかすかな感情を浮かべた。
「茜……お前は本当に変わらないな。昔から、まっすぐに私に向かってくる。その優しさが、時々苦しいほどだ」
彼の声は静かで、どこか温かみを感じさせた。それは、茜にとって初めて聞く、冷酷さを覆い隠すような仮面を取った蒼真の本当の声だった。
「蒼真くん……私は、あなたを助けたいんです。ただそれだけなの」
茜の言葉に、蒼真はゆっくりと頷いた。そして、茜の手を静かに握り返した。その手はまだ冷たかったが、どこかその中に暖かさが戻ってきているように感じた。
「……ありがとう、茜。お前の言葉を信じてみようか。私が変わろうとすれば、何かが変わるのかもしれない」
蒼真のその言葉に、茜は微笑みを浮かべた。彼が初めて、自分の助けを受け入れてくれたことが嬉しかった。
「一緒に、頑張りましょう、蒼真くん」
茜のその言葉に、蒼真は静かに頷き、彼の中にあった冷たい鎖が少しだけ緩んでいくのを感じていた。
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