第4話 心の鎖

 蒼真の側に仕えるようになって数日が過ぎた。茜は毎日蒼真の指示に従い、彼の生活の雑事をこなしていた。彼の屋敷には緊張感が漂っていたが、茜はその中で蒼真の姿を追い続けていた。


 蒼真は依然として冷酷で、部下たちには命令を下し、村人たちにも厳しい態度を崩さなかった。しかし、茜には彼の冷たい態度の中に時折垣間見える「迷い」が気になって仕方がなかった。それは夜の静かな屋敷で、ふと彼が無防備な姿を見せる時にだけ現れるものだった。


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 ある日、蒼真が執務室で地図を広げ、村の今後について話し合っていたとき、茜はその様子を黙って見守っていた。蒼真は一族の領地の地図を指し示しながら、村の配置や防衛について護衛の者たちに指示を与えていた。その指示は厳しく、冷たく響き、彼の表情には疲れの色が浮かんでいた。


「この村の防衛を強化するため、次の月には追加の兵を送る。村人には協力を求め、反抗する者がいれば徹底的に取り締まれ」


 護衛たちは深々と頭を下げ、蒼真の指示を受けて執務室を出て行った。その場に残った茜は、彼の背中をじっと見つめていた。蒼真は地図を片付けようと手を伸ばしたが、その手が一瞬だけ震えているのを茜は見逃さなかった。


「蒼真くん……少し休んだ方がいいんじゃない?」


 茜は思い切って声をかけた。蒼真は彼女の言葉に驚いたように顔を上げたが、すぐに眉をひそめた。


「余計なことだ。私はこの村と一族のためにやるべきことをしているだけだ」


 その言葉には、無理に強がっているような響きがあった。茜はその表情を見て、どうしても黙っていられなくなった。


「蒼真くん、あなたは本当にそんな風に思っているの?誰もあなたに無理をしてほしいなんて思っていないはず……」


 蒼真は茜の言葉に一瞬だけ戸惑ったようだったが、すぐにその瞳を冷たく見開いた。


「無理などしていない。私は若当主として、一族を守るために必要なことをしている。それだけだ」


 茜は彼の言葉に反論しようと口を開いたが、その時、蒼真の顔に一瞬だけ影が差したのを見て、言葉を飲み込んだ。


(彼は何かを隠している……それは、一族を守るための重圧か、それとも他に何か理由があるのだろうか)


 茜は彼の心に鎖がかかっているように感じた。そして、その鎖を外すことができるのは自分しかいないという思いが強くなっていった。


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 その夜、茜は庭で蒼真がひとり静かに立っているのを見つけた。夜風が彼の髪を揺らし、その姿はどこか寂しげだった。茜は少しの間迷ったが、ゆっくりと彼の元に近づいた。


「蒼真くん……少し話をしてもいい?」


 蒼真は驚いたように振り返り、茜を見た。その目は冷たかったが、どこか茫然としていた。


「何を話したいんだ、茜」


 彼の声には、どこか諦めの色が混じっていた。茜はその表情を見て、彼の苦しみに触れたいと心から思った。


「あなたが……どうしてそんなに冷たくなってしまったのかを知りたいの。昔のあなたは、もっと優しかった。私にとって、あなたは大切な友達だった」


 茜の言葉に、蒼真の顔に一瞬だけ感情が揺れた。その瞳の奥には、かつての優しさの残り火がかすかに輝いているのを茜は見つけた。


「……過去の話をするつもりはない。今の私は若当主であり、この村を管理し、一族の未来を守らねばならない。それが私の使命だ」


 蒼真はそう言って、茜から視線を外し、庭の先を見つめた。しかし、その横顔にはどこか悲しげな影が差していた。


 茜は、彼が自分の中に何か大きな葛藤を抱えていることを感じ取った。そして、その葛藤が彼をこんなに冷たくしてしまっているのだということを確信した。


「蒼真くん……私は、あなたのことを理解したい。そして、あなたが無理をしないで済むようにしたいの」


 茜はそう言いながら、彼の隣に立ち、静かに夜空を見上げた。満月が二人を照らし、静かな風が庭を吹き抜けていた。


 蒼真は茜の言葉に何も答えなかったが、彼の硬く結ばれた口元がほんの少しだけ緩むのを茜は見逃さなかった。


 その瞬間、茜は確信した。蒼真の心にかかった鎖は決して解けないものではなく、彼の心の奥にはまだかつての彼が存在しているのだと。


(蒼真くんの本当の心を取り戻すまで、私は絶対に諦めない)


 茜の決意はさらに強まり、彼と共に歩む覚悟を固めた。冷たく振る舞う彼の中に隠された孤独と優しさに触れたい、その一心で彼の隣に立ち続けることを誓った。

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