第3話 隠された真実

 翌日、村は曇り空の下で静かな朝を迎えた。昨日の出来事が心に重くのしかかり、茜は家の庭でぼんやりと佇んでいた。蒼真の冷たい態度を思い返すたび、幼少期の優しい彼とのギャップが胸を締め付けた。しかし、それでも彼の瞳の奥に一瞬だけ見えた迷いを茜は確かに感じていた。


(蒼真くんは、本当に変わってしまったわけじゃない。あの目に隠れている何かを見つけたい)


 茜はそう思い立ち、何があっても彼のそばにいることで、彼の変わりようの理由を探ろうと決意した。


 そのとき、家の門が叩かれ、母親の声が茜を呼んだ。


「茜、村長のところに急いで行きなさい。何か大事な話があるそうよ」


 茜は頷き、すぐに村長の家へと向かった。そこには既に何人かの村人が集まっており、不安そうな顔をしていた。村長が茜に目を向け、彼女を招き入れると、静かな声で話し始めた。


「茜、お前にも伝えておきたいことがある。昨日、蒼真様がこの村に滞在する間、村人に特別な役割を担う者を選びたいと命じられた。そして、その者には蒼真様のお世話をさせるとのことだ」


 村人たちはざわめき始めた。村長は手を軽く上げて静粛を促し、続けた。


「茜、蒼真様は、お前にその役割を担ってほしいと指名してきたのだ」


 その言葉に、茜は一瞬目を見開いた。蒼真が自分を選んだということが信じられなかった。昨日の冷たいやり取りを考えると、なぜ彼が自分をそばに置こうとするのか、全く理由が分からなかった。


「私が……蒼真くんのお世話を?」


 村長は重々しく頷いた。


「そうだ。蒼真様は特にお前を名指ししてきた。村としては逆らうことはできない。茜、お前にとっても辛い役割かもしれないが、頼む」


 茜は一瞬だけ戸惑ったが、すぐに決意を固めた。彼のそばにいることで、彼の変化の真実に触れられるかもしれない――それは彼女がずっと望んでいたことだった。


「分かりました、村長。私が蒼真くんのお世話をさせていただきます」


 茜の返事に、村長はほっとしたように頷き、集まっていた村人たちも少しだけ安堵の表情を見せた。


 ---


 夕刻、茜は蒼真の滞在している屋敷を訪れた。門前には蒼真の護衛たちが立ち並んでおり、その鋭い眼差しが茜を緊張させた。しかし、茜は深呼吸をして、しっかりと門を叩いた。


「茜です。蒼真様にお仕えするため、参りました」


 護衛の一人が無言で頷き、門を開けた。茜が中に入ると、そこには昨日と同じように蒼真が甲冑を身に纏い、冷たく座っていた。彼は茜の姿を見ると、一瞬だけ表情を柔らげたように見えたが、すぐに冷ややかな表情に戻った。


「来たか。お前に頼みたいことがある」


 蒼真はそう言って立ち上がり、茜を見下ろした。その目には感情の波が見え隠れしていたが、彼はそれを必死に押し隠しているようにも見えた。


「今日からお前には私のそばにいてもらう。この村での私の命令が適切に行き届くよう、手助けをすることが役目だ。それに異議はないな?」


 茜はしっかりと彼の目を見つめながら、頷いた。


「はい、蒼真くん。私はあなたの言うことをお聞きします。でも……一つだけ聞かせてほしいんです」


 蒼真はその問いに少し眉をひそめた。


「何だ?」


「どうして、私を選んだんですか?」


 茜の質問に、蒼真は一瞬言葉を失ったように見えた。彼は視線を外し、茜の問いに答えるのを躊躇っているようだった。


「……お前が村で私を知る唯一の人間だからだ。それ以上の理由はない」


 その冷たく突き放すような言葉に、茜は胸が痛んだ。しかし、彼が視線を外したその瞬間に見せた、何かを隠そうとするような態度を見逃さなかった。


(何かがある……蒼真くんは、何かを隠している)


 茜はその考えを胸に秘め、冷たく振る舞う彼の中に隠された本当の心に触れたいという思いをますます強くした。


 ---


 夜、蒼真の屋敷での初めての夜が訪れた。彼は一族の後継者として、権威を誇示し続けている。しかし、茜は屋敷の廊下で、独り静かに庭を見つめる蒼真の背中を見つけた。


 その姿は、昼間の冷酷な若当主とは異なる、どこか孤独で哀しげな雰囲気を漂わせていた。茜は胸が痛くなり、思わず声をかけた。


「蒼真くん……」


 蒼真はゆっくりと振り返り、その冷たい表情のままで茜を見つめた。


「何だ、茜。まだ何か言いたいことがあるのか?」


 茜は少し躊躇いながらも、一歩彼に近づいた。


「ただ……あなたがどうしてこんなに辛そうに見えるのか、それを知りたいだけなの」


 その言葉に、蒼真の表情が一瞬だけ緩んだ。しかし、彼はすぐに視線を逸らし、再び庭に目を向けた。


「余計なことは考えるな、茜。私はただ、一族の使命を果たしているだけだ」


 蒼真の言葉には、何かを諦めたかのような響きがあった。それでも茜は、彼の心に閉じ込められた痛みや孤独に触れることを諦めたくなかった。


「蒼真くん……私はあなたのそばにいます。それだけは、覚えていてください」


 茜の言葉に、蒼真は何も言わず、ただ静かに庭を見つめ続けた。その背中には、冷酷な若当主の姿と共に、幼い頃の優しさをまだどこかに持ち続けている蒼真の姿が見え隠れしているようだった。

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