第2話 冷たさの裏に
村に突如現れた冷酷な若当主、蒼真。彼はかつての優しい少年とはまるで別人のようで、その冷たい瞳と命令口調に村人たちは恐れを抱いていた。しかし、茜にとって彼は幼い頃の思い出の中にある、笑顔の優しい蒼真であり、その変化を簡単には受け入れられなかった。
広場での宣言の後、蒼真は部下たちを引き連れて村の中心にある大きな屋敷へと向かった。その屋敷は村の名士が住んでいた場所であり、今ではその家族も蒼真の到来におびえていた。蒼真はその屋敷を指揮所に定め、一族の支配を進めるために村に滞在するつもりのようだった。
茜は村人たちと共にその様子を見守りながら、胸の奥に不安と戸惑いを抱えていた。
(どうして蒼真くんが……。彼が一族を守るためとはいえ、こんな冷酷な態度を取るなんて……)
幼い頃の蒼真は、優しく、そして何よりも茜を大切にしてくれる存在だった。彼が一族の後継者となり、村を去ると知った時、茜は何もできなかった自分を悔やんだことを覚えている。だからこそ、再会した今、茜は蒼真の変わり果てた姿を理解しようとせずにはいられなかった。
「茜、大丈夫か?」
茜が呆然と立ち尽くしていると、隣から声がかかった。村長の息子である直人(なおと)が心配そうに茜の顔を覗き込んでいた。彼も幼少期から茜の友人であり、村の出来事に対してよく話し合う仲だった。
「……直人くん、蒼真くんがあんな風になってるなんて、信じられないよ」
茜は視線を落とし、絞り出すように言った。直人は少し苦笑しながら、肩をすくめた。
「まあ、俺たちには何があったのか分からないからな。でも、あんな冷酷な態度を取られると、正直怖いよな。村の人たちも皆怯えてる」
茜は直人の言葉に黙って頷いた。確かに、蒼真の姿は恐ろしく、その態度には容赦が感じられなかった。しかし、その背後には何か別の理由があるはずだと、茜は直感的に感じていた。
(あの蒼真くんが、どうしてこんな風になったのか……)
その答えを知りたいという思いが、茜の中で強まっていった。
---
その夜、村は不安に包まれていた。蒼真が村に滞在する間、どのような命令が下されるのか、どのような運命が待ち受けているのか、誰にも分からなかった。家々には早くから灯りが灯り、人々はひっそりと暮らしの中に閉じこもっていた。
しかし茜は眠れなかった。どうしても蒼真と話がしたい、直接彼に何があったのかを尋ねたいという気持ちが彼女を駆り立てていた。
茜は意を決し、静かに家を出た。夜の闇が村を包み、冷たい風が茜の頬をかすめたが、彼女の心は迷うことなく屋敷へと向かっていた。村の中心にそびえるその屋敷には、今、蒼真がいる。幼い頃の思い出に従って彼に近づきたいという思いが、茜の足を一歩ずつ前へと進めていた。
屋敷の前にたどり着いた茜は、門の前で立ち止まった。中から灯りが漏れ、何人かの声が聞こえてくる。茜は大きく息を吸い込み、門を叩こうと手を伸ばしたその時――
「誰だ?」
鋭い声が響き、茜は驚いて足を止めた。振り返ると、そこには甲冑を身に纏った蒼真が立っていた。彼は冷たい瞳で茜を見つめ、その表情には幼い頃の柔らかな面影は微塵も残っていなかった。
「茜、お前がここで何をしている?」
その声には、優しさはなく、冷たい鋭さだけが含まれていた。茜は息を呑み、一瞬言葉を失った。しかし、彼の姿を見て、ここで引き下がるわけにはいかないと心を決めた。
「蒼真くん……私は、あなたに聞きたいことがあってここに来たの」
茜は真っ直ぐに蒼真を見つめ、言葉を続けた。
「どうして、こんな風に冷たくなってしまったの?幼い頃の蒼真くんは、そんな人じゃなかった……」
蒼真の瞳が一瞬だけ揺れたように見えた。しかし、彼はすぐに冷たく顔を引き締め、茜に背を向けた。
「過去のことはもう関係ない。私は若当主として、この村と一族を守るためにここにいる。お前に分かることではない」
その言葉に、茜は心の中で何かが切れる音を聞いた。しかし、彼の背中を見つめると、その肩に何かしらの重圧がのしかかっているように見えた。
(彼がこんな風に振る舞うのには、きっと理由があるはずだ……)
茜はその場で立ち尽くしながらも、蒼真を救いたいという思いを胸に強く抱いた。
「蒼真くん……私は、あなたのことを諦めない」
茜の小さな呟きは、夜の静寂の中に消えた。しかし、その決意は彼女の心の中で確かに燃え続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます