蒼月の縁(えにし)
灯月冬弥
第1話 再会のとき
夕暮れの山村には、静かな風が吹き抜け、鳥の鳴き声が遠くから響いていた。茜(あかね)は、川辺に腰を下ろし、幼い頃の記憶に思いを馳せていた。この場所は、かつての友達――蒼真(そうま)とよく遊んだ場所だった。二人で草花を摘んだり、冷たい水で遊んだり、日が暮れるまで無邪気に過ごしていたあの頃が懐かしい。
「蒼真くん……」
茜は静かにその名を呟いた。彼が姿を消してから、もう七年が経つ。当時、村人たちも彼の突然の失踪を不思議に思い、心配していた。しかし、いつしか「蒼真が一族の後継者として都に呼ばれた」という噂が広まり、彼は村の生活から遠く離れてしまったのだ。
村では、蒼真が今では冷酷な若当主となり、一族を支配する恐ろしい存在になったと語られていた。その噂を聞くたび、茜は心のどこかで納得がいかない思いを抱えていた。彼は、あんなに優しかった。笑顔を絶やさず、茜を守るように接してくれた少年が、どうしてそんな冷酷な人物に変わってしまったのだろうか。
茜が思い出に浸っていたその時、遠くから馬の蹄の音が響いてきた。その音は徐々に近づいてきて、村の方に向かっているようだった。茜は立ち上がり、不安げに川沿いの道を見つめた。馬に乗った者たちの姿が次第に視界に入ってきて、その中心には重厚な甲冑を纏った男が見えた。
「村に……誰か来る?」
茜は急いで村の広場へ向かった。そこではすでに村の人々が集まっており、不安な面持ちで馬に乗った一行を見つめていた。男たちが馬から降りると、その中の一人が堂々と声を張り上げた。
「我らは若当主、蒼真様の命を受けてここに参った。この地を支配し、一族の領地として確保するため、村の協力を求める。従う者には保護を約束するが、抗う者には容赦しない」
冷たい宣告に、村の空気は一瞬で凍りついた。村長が勇気を振り絞って前に進み出た。
「若当主……蒼真様が、この村に何をお望みなのでしょうか……?」
その問いかけに応じて、甲冑を纏った男が兜を脱いだ。その下から現れた顔を見た瞬間、茜は息を呑んだ。
そこに立っていたのは、確かに蒼真だった。しかし、幼い頃の優しげな笑顔を見せていた彼ではなく、厳しく引き締まった表情、そして冷たい瞳を持つ男に変わり果てていた。
「久しぶりだな、茜」
低く響くその声には、懐かしさよりも冷たさが勝っていた。茜は動揺しながらも、何とか言葉を絞り出した。
「蒼真……くん……?」
蒼真は一瞬だけ微笑んだが、その笑みにはかつての温もりは見当たらなかった。
「私は今、若当主だ。この村を一族のために取り仕切ることが私の役目だ。茜、お前も協力してくれ」
彼の言葉は命令のように聞こえ、茜の胸に冷たいものが走った。かつては同じ目線で未来を語り合った友達――彼がこんな風に変わってしまうなんて、茜は信じられなかった。
「どうして……こんな風に……」
茜は小さく呟いたが、蒼真はそれには答えず、冷たいまなざしを村の人々に向けた。
「この村は、一族の支配下に入る。それが決定だ。抵抗する者には、それ相応の罰を与える。茜、お前も例外ではない」
茜はその言葉に戸惑いを隠せなかった。蒼真が語るその冷たい言葉は、まるで彼が別人になってしまったかのようだった。しかし、その目の奥に、かすかな迷いのようなものを茜は感じ取った。
(蒼真くん……本当は、こんなことを望んでいるわけじゃないんじゃないか?)
茜の心には、彼の変化を理解したい、そして彼がどのような苦しみを抱えてここに戻ってきたのかを知りたいという思いが沸き起こっていた。
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