10 夢
次の日。朝ちょっと遅く起きて下の酒場に下りていくと、ラルナはまだテーブルで眠ってた。
近寄ってみれば、昨夜の毛布をぎゅっと掻き抱いていた。安らかな寝顔に安心半分呆れ半分の息を吐いて、私は裏口に出た。バケツを借りて、井戸まで行って、水を汲んで、それを屋根裏に運んで、体を拭う。それから、髪を丁寧に梳って整えた。鏡が無いからちょっと不安だけど、たぶんきっと良い感じだ。
下に降りて、酒場に戻ると、おばさんが起きていた。
「おはよう。悪いんだけど、早速仕事を頼まれてくれるかい。向かいのゴッドリーが手紙を出したいんだってさ」
二つ返事に頼まれた仕事に出掛ける。酒場の向かいのゴッドリーさんは雑貨屋さん。もうお店は開いていて、ゴッドリーさん一家は私が来るのを待ち受けていた。司祭になる為にアインゼの学校に勉強に出ている息子さんから昨日手紙が届いたから、読んで返事を書いて欲しいと言う。
奥さんが大慌てで手紙を持ってきた。その顔は昂揚に染まり、気が急くのか棚の角に足を擦っていた。だけれど、手紙を持つその手は慎重を通り越して厳粛の色さえあった。ゴッドリーさんの大声に二階から子供が二人駆けて下りてくる。私はカウンターの椅子を与えられ、それをぐるっと家族が取り囲んだ。しんと空気が静まった。奥さんが手紙を渡してくる。その手付きはまるで貴い宝物に触れるようだった。私は緊張に生唾を飲み込み、意を決して手紙を受け取った。母の丁寧さに反して、息子の手紙は乱雑だった。住所は酷い走り書きで名前なんて殴り書いたよう。封筒を使わないのは紙も料金も勿体ないから仕方ないにしても、この手紙の折り方は何だ? 普通便箋を折るなら、中が見えないようにするだろう。横と縦に三つ折りにして、重なった端を何かで留めれば、便箋自体が封筒の代わりになる。なのに、この手紙は横と縦に一度ずつ折られているだけだ。これじゃ手紙が開いて中が見える。というかもう見えてる。折れ目もいい加減でズレて角が飛び出してる。なんていい加減な手紙なんだろう。
母親の手付きと比べるとなんだかちょっと腹が立つような心地がした。斜めの折り目はまだ開いた形跡が無い。いい? と目で聞いて、私は丁寧に手紙を開いた。
親愛なる二尊弟妹御一同様
アインゼの冬は早北方に去り、晴天青々と澄み渡って我が前途を言祝ぐ。
我が学問もいよいよ一層の興隆を見たるも、御一同様におかれては御機嫌如何。
さて、この学堂から四囲を観れば、北方に兵乱あれば、南方に戦火あり。軍旅夥しく、未だ剣戟を聞かざる日は無し。
天地動乱の兆し、我が胸を揮わせ、立身の夢益々昂ぶるも、今は唯勉学是あるのみ……。
文法はレーヴェン語だったけれど、いやに古めかしくてベルナ語やゼーヴェ語の語彙も含まれているので出だしから困った。私は一応書いてあるままに読み上げて、幼い妹や弟の顔を見て、簡単に言い直したりした。無駄に長くて難しいけれど、特別内容は無い。勉強を頑張っているとは書いてあるけれど、具体的な所は何も無くって、家族の心配もろくにしてない、なんだか変な手紙だった。だけれど、お母さんは感激に鼻を赤くして、お父さんは誇らしげに笑った。幼い弟と妹の目はこの兄への尊敬に輝いていた。
私は幼い妹の「もういっかい」にせがまれて、何度も手紙を読んだ。それから、返信を代筆した。家族皆がバラバラに言いたい事を言うから、それを文章に整えるのはちょっと苦労した。名前くらい自筆したらどうだろうかと私はわざと手紙の下を空けておいたけれど、母は「みっともないから」と断って、あくまで私に書かせた。「絵とか書いてみる?」私が手紙を書く様を興味津々に見つめている弟と妹に提案してみると目を輝かせたけれど、「こらっ!」ゴッドリーさんの厳しい声がそれを制した。「……そんなのみっともないですから、あいつが恥を掻いちまう」卑屈な目を泳がせて、ゴッドリーさんは笑う。私は家族4人から名前を聞き取って、手紙の空白を埋めた。
「ひょっとして、朝がまだなんじゃない? この子たちと一緒でよければ食べて行ってくださいよ」
奥さんは優しい顔で誘った。弟と妹は私の服の裾を掴んでいた。「そうだそれがいい是非に」。ゴッドリーさんもそう言うのでお言葉に甘える事にした。店の奥のテーブルで幼い二人と一緒にスープを啜った。野菜がたくさん入った温かなスープ。テーブルに置かれるなり、幼い二人は飛び付くように食べ始めた。
奥さんはあれこれ零すように話した。学資が掛かって仕方ない事。商売が不調である事。早スープを飲み干した二人はアインゼについて私に訊きたがったけれど、旅に出てまだ二ヶ月にもならない私は本で読んだ以上の事を答えられなかった。幼い二人は早くも私から関心を失って、パタパタとテーブルの傍を走り回った。そんな様子を見つめて、奥さんは溜息を零す。奥さんは物価の高騰についても呻いた。
「勉強はさせてあげたいけれど、あのランドンさんの家でもお金が続かなかったのにうちでどこまで出せるかしら……」
「ランドン……?」
「ええ。テニシア通りの金物屋さんよ。ご存じ?」
奥さんは小さなナイフでリンゴを剝きながら続ける。
「……あそこの三男のマルコさんもアインゼの神学校に行かれたのよ。マルコさんはうちの子なんて比べものにならないくらいの立派な方で素晴らしい成績で学校を出て大学に行かれたんだけど……。ちょうど、旦那様が倒れられてね。お店も上手く行かなくなって、それで街に戻ってらっしゃったの」
そう言えば、難しそうな本を読んでいたなと私は思い出す。司祭候補だったのか。だけど、今は鍛冶屋をやってる……。
「……こんなことを言ったらいけないけれど、奥様がいけないのよ」
「奥様? ……裏の離れにいらっしゃるおばあさまの事ですか?」
「ええ、そうよ。それは立派な方でね。街の皆に優しくて、なんというか……。気っ風のいい頼りになる方なんだけどね……。他人には優しいのに、身内にはすごく厳しいの」
「あのおばあさまが」
「ええ。見知らぬ人には優しくって、街の事にもぱっぱとお金を出されて嫌な顔一つしないのに、身内にはひどくやかましくって……」
「おい、テレサ」
表から、ゴッドリーさんの厳しい声が飛んできた。
「噂好きもいい加減にしろ。……すいませんね、ユーリさん」
半身に愛想笑いを作って、ゴッドリーさんは表の店に引っ込んだ。それを睨め付けて、「女同士の話に聞き耳なんて嫌な人ね」唇を尖らすと、一転奥さんは笑顔になった。
「ほら。リンゴもいかが?」
「……ありがとうございます」
奥さんの掌の上でリンゴは綺麗に三つに切られた。ありがたく一欠片頂く。しゃくっと心地良い音がして甘い汁が口中に広がる。いつの間にかテーブルの傍には弟と妹が立っていた。奥さんがリンゴを一欠片ずつやると、二人は口に放り込むやどこかに走り去った。奥さんはテーブルを片付け始める。「あの……」。空になった手を見つめて言い掛ければ、「ん?」と温かな笑みが返ってきた。「いえ……ごちそうさまでした」。礼を言って、席を立った。
手紙と郵便料金を預かり、報酬として銅貨を5枚貰って店を出た。……たったこれだけで一食分の稼ぎ。
読み書きが出来ない人はたくさんいる。知識としては知っていたけれど、そお城を出てその実感がやっと湧いた。お金がある人は勉強が出来て読み書きが覚えられるけれど、お金が無い人は勉強が出来ないから読み書きの出来る人にお金を払って頼まなきゃならない。お金の無い人は更に貧して、お金がある人は更に富む。なんだか、不公平だ。握った銅貨の感触がむずむずと落ち着かない。
酒場に戻ると、やっとラルナとおじさん達が起き出していた。何故か、じろじろこっちを見てる。何だろ? というか、この人達仕事とか行かないのか? ゴッドリーさんはもう店を開けてたよ?
ぐーたらおじさん達とぐーたら勇者の視線を気にしながら、カウンターのおばさんに手紙と預かったお金を渡す。酒場は郵便局の代わりもやっている。なんで? って最初は思った。だけど、ちゃんと理由がある。
長い競争の結果郵便料金は割と安くなったから、貧富に関わらず色んな人が使う。だけど郵便を使う人が皆がきちんと家を持っているわけじゃない。私達みたいなゴロツキは勿論、きちんと働いている人の中にも日雇いで安宿を転々としている人もいる。決まった住所が無いけど手紙を出したい人達はどうするか。酒場を住所に借りるんだ。酒場に届いた郵便を預かって貰って、都合の良い時に受け取りに来る。そうすれば、冒険者や傭兵みたいに町にいない日が何日もあったり、日雇いで住所や仕事がしょっちゅう変わる人でも郵便が利用出来る。酒場としてはそれで常連が居着いてくれれば、売り上げが安定するから、ただでサービスを提供する。郵便を確かめに店に寄ってくれれば、ついでに一杯飲んでいってくれるしね。
そういうわけで酒場には毎日郵便が届くから、自然配達人も毎日やって来る事になる。実は郵便配達人は届いた手紙を配達するだけじゃなく、そのついでにこれから出したい手紙も預かってくれる。つまり、酒場のおばさんにお金と手紙を預けておけば、代わりに配達人に渡しておいてくれるって事だ。これなら、わざわざ遠くの郵便局まで出しに行かなくても済む。だから、酒場は次第に郵便局を補完するようになった。
人が集まる所には自然とこういうサービスが集まる。サービスが良くなれば、お客さんも増えて、商売が益々大きくなる。集まった人が更に自然とサービスを興す。おばさんが依頼の仲介をやったりしてるのも同じで、依頼目当ての冒険者が店に頻繁に寄るようになれば、その飲み代で店が儲かるってわけだ。依頼の場合は仲介料も取れるしね。
「お疲れさん」
「あの、さっき5フォニー貰ったから……」
さっきの代読と代書の依頼もおばさんに仲介して貰った物だから、仲介料を払おうとしたら、おばさんは大きな手でそれを阻んだ。
「いいんだよ」
「でも……。譲って貰った仕事だから……」
おばさんだって読み書きは出来るんだから、わざわざ私に頼む必要なかったはずだ。だけど、おばさんは笑顔で首を振る。
「いいんだよ。そんなこと……」
「でも……おばさんにだって読めるだから……」
苦笑するように顔を歪ませ指先をちょいちょいと動かす。顔を近付ければ、小声でおばさんは言った。
「……あんな訳の分からん手紙。私に読めると思うのかい?」
「えっ……」
私の顔を見つめ、おばさんは膝を叩いて大声で笑う。こっちに首を伸ばすおっさん達に舌を出し、顔を寄せて続ける。
「そりゃね、私はレーヴェン語なら読み書きには不自由しないよ。だけど、あんな……あんな訳の分からん文章読めるもんかい」
「だけど、前の手紙はおばさんが……」
「ほとんど分かんないから、適当に読んで適当に書いたんだよ。なあに心配ない。どうせ書いてる当人も分かってないんだから」
あっけらかんとおばさんは言う。唖然とした私を見つめておばさんはまたガハハハと笑う。
「あんたやっぱり良い子だね。……だけどね、中身なんて実はどうだっていいのさ。手紙が着きゃ、つまり息子は無事なんだから。内容なんてでたらめだって構わないんだ。……あんたには悪いけど、ちょっと滑稽さ。読ませる気の無い手紙を読む気の無い人間が読んで、聞く気のない家族に聞かせてるんだから」
そうかな? そうかも……? 確かに手紙はただ着くだけで既に息子の無事を立派に報せている。中の内容なんて別にどうだっていい……? あの衒学的で煙に巻くような文面を想起すると、どうにか分かろうと格闘した自分がバカらしくも思えてきた。
「……だからってなんであんなに難しく、意味の無い事を書くんでしょう。家族は皆文字が読めないのに……」
「だからだよ」
おばさんはテーブルのコップを取り上げて、中のお酒を煽った。
「……蛙の子は蛙ってね。親がバカだと子供もバカだと舐められる。友達や周りの大人の手前、あの子も必死に無理をしてるって事さ」
「あ……」
「……たった一人で街へ出て、勉強勉強で競争して戦ってるのさ。あの手紙も、背伸び、やせひじ、強がりさ。本当はまだお母さんが恋しくて、心配で仕方ないのに、自分は一人前だって言い聞かせてるのさ。……なにせ勉学で身を立てて偉くなろうってんだ。空威張りもかわいげだろうけど……」
コップを片付けながら語るその背中はどこか寂しそうに見えた。振り向くとおばさんはまるで空元気のように笑う。
「人間理想がなけりゃ成長もないもんだ。自分を強く律して言い聞かせて、いくらか無理をしてでも大きくしようと頑張らなくっちゃいつまでも小さなまんまだ。……だけど、あんまり大きな自分を思い描くと、自分が自分から離れていっちまう。そうすると、懸け離れた自分がもう一人の別の自分になって、自分自身を乗っ取っちまう。夢も理想も無理も努力も、何事も程々さね」
ニカッと微笑む白い歯は欠けていた。唇はかさつき、弛んだ頰は乾いて突っ張っていた。だけれど、その笑みはやっぱりとても美しかった。「もっとも、あれはあれで困るけれどね……」。居眠りの“どら息子”に深い溜息を吐いて、おばさんはまたコップを煽った。
「だから、その金はそのまま取っときな」
「……ありがとうございます」
「いいんだよ。……仲介料はあっちでたんまり貰うからさ」
『あっち』。金貨の事を匂わして、おばさんは「どうなってる?」と小声で聞く。私は曖昧な笑顔に誤魔化す。
すると、おばさんはまた大声で笑い出した。
「世間知らずなお嬢様かと思えば、そういう所はちゃんと分かってる。あんたは賢い子だ。――儲け話は誰にも話しちゃならない。どこで誰が聞いてるか分からないからね」
じろっとこっちを見つめた温かな瞳は、やがてラルナに移った。
「あの子もバカそうで、中々どうしてしたたかだ。最初会った時はどっかの金持ちの家出娘二人組かと思ったが……。あんたら意外と良い冒険者だ。せいぜい、死なない程度にがんばりな」
「大丈夫です。……ラルナが守ってくれますから」
「あの子が?」
「実は強いんです。……とっても」
おばさんは信じてない。だけど、それが嬉しい。私だけが知っている。密やかな充足感。
「ラルナ! おはよう! 朝ごはんは食べたっ!?」
ラルナはまだおじさん達と何か話し込んでいたけれど、私がテーブルに行くと、皆いそいそと席を立って出て行った。何故か私の顔をじっと見つめながら。何だろうと思いながら、私はラルナに昨夜見た夢の話をした。
「ねえ、ラルナ! 昨日の夜、すごい夢を見てさ。それでちょっと思い付いた事があるんだ。……金貨の事で」
最後のそれは小声で付け足した。
ラルナはふわあと大きなあくび。
「へぇ、そりゃ偶然だ」
「偶然?」
「わたしも夢見たんだよ。すっごい夢」
「ほんと!? それってなんか運命感じるかも」
「神のお告げ? はたまた、霊魂のささやき?」
「そんなことは信じてないけど……。でも、夢って、不思議だよね。自分が見せてるはずなのに、自分が見てるんじゃないみたい。もう一人の自分が、遠い世界に旅してるみたいな……。自分が気付いてない本当の自分とか、見えてるのに見えてない本質とかを見せてくれてるような気がするな」
「ふぅん」
「あ、バカにしたでしょ」
「べつに?」
「やっぱり、バカにしてる」
ラルナはにやと唇を歪めた。
「だって、本当の自分なんて言うからさ。自分はここにしかいないと思うよ? 魂も肉体も同じ物。この体自身こそが魂その物。夢なんて、寝ぼけて見た妄想。酔っ払いの見た幻覚みたいな物じゃない? それに意味を見出すなんて、机の木目に人の顔を見つけるみたいなもんじゃない? ……なんだってこじつけたがる暇人の暇潰しだよ」
「……もう、また、そんなこと言う。……確かに、まあ、そうかもしれないけどさ」
こういうところ、あなたって冷たいよね。バカのくせに、妙に冷めてて、現実的で。なんか寂しい。
「……でも、きみがそう言うなら、意外とバカに出来ないかもね」
そんな私の気持ちに気付いてるのか、どうなのか。あなたはクスッと微笑んだ。
またバカにされてる? だけど、やっぱり私は嬉しくなった。
「うん。そうかもしれないよ。……ねえ、ラルナはどんな夢見たの?」
「……聞きたい?」
「うん……!」
「どうしても?」
「うん……?」
なに? どういうこと? あなたはちょっと迷うように視線を揺らすと、ちらっと横目で私を見つめて、囁いた。
「――きみの夢だよ。ユーリ」
「えっ……」
私の、夢?
「そ、それって、どんな?」
なんだか声が上擦った。ラルナはちょっと困ったように頰を掻く。
「……それ聞くんだ」
「……うん」
「うーん……」
え? なんかラルナらしくない態度だ。あなたの瞳が動く度、胸の奥がくすぐったくなる。どうしよっかな。なんて感じにこっちをちらっと見る視線が、どうしようもなく私を落ち着かなくさせる。
「……うん」
不意に、あなたは頰杖をやめて、じっとこちらを見つめた。琥珀色の瞳が嫌に真っ直ぐに見つめるから、だから、今度は逆に私の方が顔を背けてしまって、あなたを真っ直ぐに見られない。あなたの夢で、私は一体どんな風に……。酷く心音がやかましい。顔が熱くなっているのを感じる。そんな私を余所に、あなたはいつも通りのマイペースにとうとうそれを言った。
「きみが裸でわたしに迫ってくる夢」
「……はっ?」
頭が理解するより先に言葉が怒鳴っていた。はっ!? はぁ!?
私が裸でラルナに……。いや、待て、それって、まさか昨夜のあれが……。いや、裸じゃないし! というか、迫ってもないし!
「あ、あれは……!」
「あれは?」
きょとんとラルナが首を傾げる。いや、ダメだ。それを言ったら、まずい。昨夜のあれをラルナが忘れてるなら忘れてるで良い。いや、良くない? 良くないのか? ちゃんと否定した方が……。いや、でも、これってそもそもラルナの夢であって、事実無根なわけで……。
「っていうか! もしかして、その話をしてたわけっ!? さっき、おじさん達に!?」
「うん。みんな、びっくりしてたよ」
「そりゃそうでしょ!?」
だから、皆ちらちら見てたのか! うわあ、恥ずかしいっ! いや、恥ずかしいのは、そんな夢を見てるラルナの方……。いや、私もすごい恥ずかしいよ!
自分でも分かる、絶対耳まで真っ赤になってる私に対して、ラルナはいつも通り平然としてる。また頰杖突いて、しみじみ言う。
「あんなもの、ただの夢だと思ってたけど。きみの言う通り意外とそうでもないのかもね」
「いや、それは、夢だから! っていうか、それはねっ……!」
「それは……?」
「うっ……」
言えない。なんか今更あの事も言えない! ラルナはあの時絶対寝ぼけてて、ただそれが夢と混ざってるだけなんだけど、それはなんか言えない!
「本当の自分だっけ? それが霊魂として、わたしの夢に飛び込んできたんだねぇ」
何の意趣返しか、ラルナはニヤニヤとそんな事を言う。このバカッ!
「そ、そんなわけないでしょ! あり得ないでしょ!?」
「でも、“季指轟発”のギースがそんなようなこと言ってたよ」
「ちょっと待って、誰だって!?」
「ああ、“季指轟発”のギース? 今きみが座ってる席に座ってたあの茶髪のおじさんだよ。あの人が『夢に知ってる人が出るのは……』」
「いや、そうじゃなくて! その二つ名は何なの!? そんなすごい人なの!?」
「ああ、“季指轟発”? 別に大した由来じゃないからどうでもいいよ。とにかく、その人が『夢に知ってる人が出るのは、その人が……』」
「ごめん! どうでもよくない! その二つ名なんなの!?」
「えー? じゃあ、説明するけど……」
ラルナは面倒臭そうな顔しながら話してくれる。“季指轟発”のギース、どんな人なの?
「指を曲げるとさ、ポキって音が出る人がいるじゃん」
「は? あ、うん……」
「ギースはさ、右の小指だけ、曲げるとすごい大きな音が鳴るの。火薬が爆発したみたいな。それで、“季指轟発”って……。あ、“季指”は小指って意味で、“轟発”は爆発音って意味ね」
「……は?」
「だから、右手の小指だけ曲げると爆発したみたいな音がするから、“季指轟発”のギース。あ、右手だけね? 左手は何故かダメなんだ」
「……いや、知らないけど! なんなのその人!?」
「まあ、つまりただの無職だね」
「じゃあダメじゃん!」
「で、その“季指轟発”のギースが言ってたんだけど。『夢に知ってる人が出るのは……』」
「いいよ、もうそれ! つまり、無職の酔っ払いの妄言でしょ!?」
「まあ、そういう見方もあるかもね」
「そういう見方しかないんだよ!?」
「でも、ギースはきみと似たようなこと言ってたよ。『人は眠っている間、魂になって夢の世界を飛び回ってるんだ』って。それで、『夢と夢の世界は繋がってて、魂は強く思っている相手の所に飛んでいける。そして、魂は昼間の自分には言えなかった事を言って、伝えられなかった思いを伝えてくれるんだ』って」
「っ……」
なにそれ……。ギース結構良い事言うじゃん……。右手がちょっと鳴るだけのくせに……。カッコいいじゃん……。
「きみもわたしに会いに来てくれたのかな。……言えないことを言うために。伝えられなかった思いを伝えるために……」
「っ……」
琥珀色の瞳がじっと私を見つめた。その視線は、私の心の奥底を見透かして、私でも知らない本心を、魂を知っているようだった。
ゆっくりと、あなたの顔が近付いてくる。大きな瞳、すらっと通った鼻筋、つんと突き出した形の良い顎、そして、薄い唇の間に見え隠れる獰猛な牙――。
きゅっと胸が締め付けられるような感覚がした。苦しいのに、なのに、どこか私は……。私は……。
「で、全裸で私に伝えたかった思いってどんな思いだったの?」
「バカぁッ!!!」
思わずひっぱたいたあなたの頰は、あんまりにも良い音がして、“紅頬轟発”のラルナ……。
なんて、いや、ほんとバカみたい。アホッ!!!
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