8 奇妙な手紙
「言ったでしょ。釣りでもしててって。あいつはテルーゾの使いっ走りだ。きみって餌に食いついた」
ラルナの言葉に私は驚愕させられた。……あのおじさんがテルーゾの部下!?
「ちょっと待って! だって、あの人は手掛かりを教えてくれたんだよ!」
「なんて?」
「トッツェンガッタの歌と洞窟に関係があるって。……それに! もう一つの歌があるって! おじいさんに聞いたって!」
「へぇ」
薄い笑みに流すとあなたは私の手を掴む。
「まあ、見てなよ。すぐに分かるさ」
「きゃっ!?」
ひょいっと抱き抱えられるなり、地面が後ろにすっ飛んでいった感じがした。
足音も無く、飛ぶようにラルナはおじさんとの距離を詰める。大通りに入った。人混みに紛れて、追いかける。角を数度曲がると、すっかり細い通りになった。
おじさんはちらっと背後を見るとみすぼらしい宿に入った。
「……あそこか」
薄い壁を揺らして、男達の大声が轟いてくる。飛びきり大きなやや高い声――。
「……テルーゾだ」
ラルナは薄く笑って見せた。ガラス窓の向こうで赤い尾羽が揺れている。
私は小さく頷くしかない。
別におじさんの――あの男の人柄を信用してたわけじゃない。だけど――。
「だけど、あの人は手掛かりを教えてくれたんだよ。テルーゾの手下なら、どうして自分から……」
「それは……」
ぎゅっと腕を掴まれ、裏路地に引っ張り込まれた。
「……これから調べりゃいい」
にやと笑うと、ラルナは宿の窓を軽く揺する。窓は音もなく開いた。
「ちょ、ちょっとラルナ。どーするの!?」
「入るんだよ。調べに来たんだから」
もうラルナは窓枠を跳び越えて、宿の中に入り込んでいる。
「きみはどうする? そこで待ってる?」
にやと微笑んで手を差し出す。そんなの……。行くしかないじゃん!
仕方なく伸ばした手をラルナは固く掴んで引っ張り上げた。
とんっと向こう側に降りた瞬間、胸が跳ね上がる心地がした。ゴロツキ達のねぐらに忍び込んでる。それも奴らはすぐそこにいるのに……。
「ねぇ、出直そうよ。調べるなら、奴らが留守の時とか。そうだ、夜とかさ……」
「ここは宿だよ? 夜になったら奴らはどうする? 部屋のベッドで眠るのさ。だけど、今ならそこで飲んでるから、部屋はがら空き、調べ放題だ。……おっと」
ぐいっと手を掴まれ、物置みたいな部屋に引っ張り込まれる。
次の瞬間、男が鼻歌交じりで廊下を歩いて行った。
「ラルナっ……!」
「しーっ。声出したらバレちゃうよー?」
私の口に指を当てて、ラルナは悪戯っぽく微笑んでみせる。バカぁ! 爆ぜた心は声にならない。強い力に腕を引かれ、転ぶように飛び出している。階段の前でラルナはひょいっ、私を抱き上げるとすごい勢いで、なのに足音もなく駆け上がっていく。
「……ふわぁ」
階段を上がりきった所でゴロツキに出くわした。大あくび寝起きの視線がこっちを捉える前に、もうラルナは半分開いてた扉を擦り抜けて部屋に隠れている。ゴロツキは危なっかしい足音を立てながら、そのまま階段を下りていった。
「……チョロいもんだな」
「バカっ!」
怖かったよ! バカバカ、バカぁっ! なのにラルナは抗議の視線を笑顔に流して、部屋を早速漁り始める。
転がった瓶、破れたカード、汚いシャツ。部屋は散らかってて、汚れてて、おまけになんか臭い……。部屋を一通り確かめると、ふらりとラルナは廊下に出て次の部屋に。
「おっ……」
引き出しを開けて、ラルナがにやあと笑った。「ほら」。指先で抓むようにしてひらひらと揺らすのは手紙……?
私は手渡された手紙を広げた。ラルナは顔を寄せて、覗き込んでくる。
親愛なるテルーゾ殿
貴殿の勇名は天より高く、遠く大陸中に轟いております。
マルティーオ峠の盗賊退治。アンリ遺跡の探索。そして何よりあのコカトリス退治!
貴殿がその華々しい経歴に新たな伝説を加えられたと聞き――そして、誰よりも早くその伝説を聞く事が出来て――私は感激しております。我が主人も、奥方様もまた貴殿の熱烈なファンであります。
貴殿はそんじょそこらの冒険者とはまるで違います。貴殿は勇敢であり、正義の心を持ち、そしてなにより……。違いの分かる男です。
この度の素晴らしき冒険で手に入れた財宝をそっくり譲りたいという貴殿の申し出に主人は感激しております。
貴殿は
主人は貴殿の発見されたアヌルア金貨40枚。そっくりそのまま買い上げられたいとお考えです。値段については、些かの議論がありましたが……。……大丈夫です。貴殿の条件を全て了承しましょう。取引の期日もまた先の手紙の通りに。
……ああ、間違っても、金貨を磨いたりなさられないでくださいね。古くてボロボロの金貨はだからこそ価値を持つのですから!
アルンスト伯爵 執事エランゼ・ピオーネ
あまり上手くないエーゲル体の飾り文字で綴られた文章は野暮ったくて田舎臭い。だけれど、全くの無学じゃない。野卑で粗野な田舎貴族。ちょうどエンバー辺りの貴族を私は思い起こした。
それでも、貴族は貴族だ。アルンスト伯。聞いた事が無いけれど、その執事がテルーゾに送ってきた手紙……。だけど、この内容は……。
「……どういう事?」私はラルナの顔を見つめた。「……テルーゾはもう金貨を見つけてるって事!?」。
「いや……」あなたは微かに笑う。「それはないね」。
「見つけてるなら、こんなむさむさしたボロ宿で野郎同士、顎髭擦り付け合ってゴロゴロしてるもんか。とっととお宝売っ払って、もっと良い所に出掛けてるさ」
「じゃあ、これは……?」
「沖な物当て。野鳥の献立。柴船の宵拵え」
「え?」
「まだ見つけてもいない宝を売ろうとしてる」
「先に買い手を探してるって事か……」
だけど、だとしたら……。
「……アヌルア金貨40枚。どうしてまだ見つけてもいない金貨の枚数が分かるんだろう?」
「さてね……」
わしゃわしゃと髪を弄るとラルナは私の手から手紙を取り上げて、元通りに畳んで仕舞った。
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