第49話

大我と別れてから、「善くんは女の子がだめ」発言の意味を考えた。



善くんには彼女がいて、彼女のことが好きで、彼女がいるうちは浮気をしなくて、フリーだと体だけの関係を持つことも多くて、でも女の子がだめ、なんて、あまりにも信じられない。


でも、仮に本当なのだとすると、大問題だ。私が去年善くんに言った「下心」を翻訳すれば「私を女として見て」になるだろうから。


私が善くんへの下心を抱いていると知ったときや、司さんのお店で善くんに告白したとき、善くんは、私が想像する以上に困ったのではないだろうか。



やっぱり、私が頑張ったのは間違っていたのだな。



夕方になり、車で近くの海に向かって大我と合流し、それから30分ほどして、善くんと洸くんが合流する。田舎の海岸に神々しい兄弟が舞い降りる。



「いと、久しぶり! なんか髪短くなってね?」

「洸くん久しぶり。髪切ったんだー」

「似合う似合う。いいじゃん、俺の4人目の彼女にどう?」

「あ、3人も彼女いるの? すごいね」

「ね、落ち着いたんだよ、俺」

「なるほど? 落ち着いたんだ??」



洸くんと話していれば、善くんが不思議そうな顔をして尋ねる。



「久しぶりってなに? お前らどこで会ったの?」

「は? 昔プール連れてってくれたろ」

「何年前だよ。お前そんとき小学生じゃねえか」

「久しぶりは久しぶりだろ!」

「まあ、そうだけど」



洸くんと善くんは兄弟らしい言い合いをして、善くんの表情が柔らかいから、私はなんだか楽しくてへらへらと笑った。



「つか暗くなるまでまだ時間あんのよ。何する? 酒とか飲んじゃう?」



大我が尋ねると、洸くんが「飲む!」と答えた。そして、お兄ちゃんに「お前まだ未成年だろうが」と止められている。



「何だよ、善くんも飲んでたくせにさ。大学行ってすぐ、未成年なのに隠れて煙草吸ってたのも知ってんだから」

「でもだめ。今お前が飲んで責任追求されんのは成人してる俺らだから」

「それはずるいじゃん」



口を尖らせる洸くんに、善くんは「法を犯すなら誰も巻き込むな」と大人らしからぬ助言をする。



「まあ、どうせ私たちも車だから飲めないしね」

「うわー、まじじゃん。あ、じゃあノンアル! ノンアルで乾杯しよ。あとなんか食お。よし、じゃあ、じゃんけんで負けたやつがコンビニ行って買ってくるってことで」



そんな流れでじゃんけんをして、見事に私が負けた。敗者に対する優しさなどないみなさんは、容赦なく、おにぎりだとお弁当だのスイーツだのと、食べたいものをオーダーする。


さらには「追加あったら連絡しまーす」などという言葉でにこやかに送り出される始末である。



夕焼け空の下、メモアプリに記入した買い物リストに若干絶望しつつも「善くんが元気そうでよかった」と嬉しく思いながら車に戻る。


その途中、名前を呼ばれた。振り返ると、その先に夕焼け空と海を背景に善くんが立っている。



「俺の車で行こ」

「え、いいよ。善くんは勝ったんだし」

「会うの久しぶりだし、いいだろ、これくらい」



善くんは決まり事のように「乗って」と言う。



「あ、じゃあ、うちの車に乗って」

「嫌」

「嫌!?」

「だって、いと、道間違えねえだろ」

「え、うん、大丈夫。間違えないよ」

「俺多分間違えるから、俺の車乗って」



善くんはまっすぐに私を射抜く。


ここからコンビニまで、10分もかからずに行ける。道は多分、間違えようがない。



「(…善くんはずるいな)」



思いやりの欠けていた昔の私だったら、きっと「善くん好き」って思っていた。「善くん好き」って言っていた。危ないところだった。



   

    

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る