不相応〈いとside〉
第48話
地元で花火大会があった翌朝のこと。
家族とお墓参りに行けば、小学校からの顔見知りの大我に出会った。最近ゆっくり話す機会もなかったので、少し歩いて話をすることになった。
「それにしても不思議なもんだよな。ここ5年くらいは全然会わなかったのに、善と繋がり出したら会うなんてさ。俺、帰ってくるたびにいといねえかなってめちゃくちゃ探してたんだぞ?」
「そうなんだ。ごめんね、私、連絡先を……」
「ほんとだよ。まじで一生反省しろ」
大我は私の背中を叩いて、からかうように笑う。
「わかってんのか? 善ってまじでザルだからさ、いや、もはやワクだから、酒飲んでもしゃあねえっつって煙草吸い出したの。酒がある程度いけたら、多分あいつ今頃アル中だよ」
「……え、善くん煙草吸ってるの?」
「え、吸ってるよ。吸ってるだろ?」
「いや、見たことなかった」
「見たことねえとかある? 暇さえあれば吸ってんのに?」
見たこともなければ、匂いがしたということもない。
どういうことだろう、と大我と一緒に考え込んでいれば、ふと、大我は納得したような声をあげた。
「そういや、最近久しぶりに吸い出したんだったわ。いとと付き合ってた時期はまだ吸ってなかっ」
大我はそこで言葉を止め、やらかしたと言わんばかりに口を開いた表情で、私を窺った。
私は心から申し訳なくなる。
「付き合ってた時期なんてないよ」
「え、善はそう言ってたけど?」
「善くんはなんか、同情というか優しさというかで、彼女として接してくれただけ。あれを交際って言うのは罪深い」
「そんな感じだったんだ?」
「そうそう。私が善くんのことを好きになって、善くんはそれに頑張って応えようとしてくれたの」
もちろん今はもう何の下心もないよ。そう付け加えれば、大我は眉を寄せて私を見下ろした。
「なんかお前ら面倒くせえな」
「もうただの友達だから面倒臭くなくなるよ」
「友達に戻って、いと的にはよかったの?」
「よかった! 善くんの彼女になった気分を味わわせてもらって、成仏したんだろうね。綺麗さっぱりなんにもなくなった」
へらへらと笑えば、大我は「そんなもんか」と半ば納得していない顔で頷く。
「私、最近は眼鏡外したりメイク頑張ったり……」
「うわ、ほんとだ! 眼鏡ねえじゃん、いと!」
「今気付いたんだ。珍しい人だね」
「いや、まじだ! びびった。眼鏡ねえわ。コンタクト入れてんの? すげえじゃん。あんなもん常人の入れられる異物じゃねえからさ」
「大我と話すと自己肯定感が上がるよ」
生きているだけで褒めてくれそうな大我に笑えば、大我は「よしよし」と頭を撫でてくれる。
眼鏡を外してコンタクトに変えた。メイクを学ぶようになった。髪を切った。ばっさり。
彼氏が欲しいからじゃない。他の誰かを好きになろうとしているのではない。もちろん、善くんのことを好きだからでもない。
変わりたいの。全てを変えて、前を向いて、前に進んで、早く過去の私を振り切って、切り離したい。過去の私を消したい。
私を動かしているのは、そんな後ろ向きな願望。
「ねえ、善くんは元気?」
「元気よ。ヘビースモーカーに戻っちまったけど」
「そっか。ストレスも原因になるのかな。私いろいろやらかしたし……。あ、でも、聞いたよ、彼女ができたんだよね? じゃあ煙草の量も減るかも。好きな人といるのは癒しになるって聞くから」
すると大我は苦笑する。
「善の恋愛なんてそんないいもんじゃねえよ」
善くんの恋愛こそを理想郷として生きてきた私は、大我の発言を最初は冗談だと思ったが、大我の苦笑は真っ当に善くんの恋愛を批判していた。
さらに大我は驚きの事実を告げる。
「だって善ってちょっと、女だめじゃんか」
善くんが、女性がだめ……?
「知らなかった」と呟けば、大我は「いとには見せてねえんだろ」と簡単そうに笑った。
「本人も気付いてるだろうから、隠すのも楽勝なんじゃない?」
大我は私を元気づけようとしてくれたのか「一緒に花火しようぜ」と私の顔を覗き込んだ。
私はぱっと顔を輝かせる。
「したい! しようよ」
「今晩どう? 海でやらね」
「いいね。誰誘おうか」
「いと好きに誘っていーよ。俺はどうすっかな。善はさすがにまだ気まずい?」
「私は大丈夫」
「じゃあ善誘うわ」
「私は花乃ちゃんとよっちゃんに声かけてみる」
結果として、花乃ちゃんは彼氏と予定があって、よっちゃんは家族旅行で沖縄にいることが判明。すると、大我は「3人でいんじゃね?」と言うので、大我と善くんと私の3人で花火をすることになった。
私邪魔じゃないか、とは思うが、空気を読んで、あまりにも邪魔になりそうならこっそりと去ろうと心に決める。
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