第33話

急いで、彼女になった地点を探して記憶を辿り始める。そんなものがあれば、私はその地点を記念日と呼んでいたはずだから、思い返すまでもなかった。



「私の記憶にはないな」



耳元で善くんの呆れた声を聞く。



「じゃあなんか言ってこいよ。何も疑問に思わなかったの?」

「まあ、変だなとは思ってたけど」

「変と思う感性はあるのか」

「だって、距離は近いし、スキンシップは激しいし、優しい話し方をするし、他の女の子にするみたいな態度だし」

「彼女扱い」

「なるほどね」



なるほど。これが彼女扱い。


知らない間に私は善くんの彼女になっていたらしい。甘かったのも、変に優しかったのも、今こうして触れ合っているのも、善くんが私を彼女のように扱っていたから。



そこまで考えて、ああ、と思った。



「なるほどね!!」



1人すっきりして善くんの方を向けば、善くんは「うるさ」と声を低くする。ごめんなさい。


いや、謝るのは後だ。



「わかったよ。だからさっき善くん、俺も、とか言ったんだね。あ、そっか、可愛いって言ったのもそれ? なんだー。なるほどね? いやあ、さすがの私もおかしいとは思ってたんだよ」



いくつもの不可解を「おかしいな」で済ませていなければ、もっと早くこの問題は解決したのに。



「でも、なんで? そんなことしなくていいよ。私、善くんに彼氏役頼んだんじゃないんだからさ」



彼女扱いして、って言ったわけじゃないのにな。好きって言っただけなのにな。それがどうしてこうなってしまったんだろう。


暗がりで必死に頭を働かせる。



そうすれば、なんとなくわかった。善くんは多分、困っていたんだ。善くんの実家で私に下心の話されたとき、きっとすごく困ったんだ。困ったから、彼女扱いをしようっていう結論に至った。



「……善くん、ふっていいんだよ? 私のこと」



私は善くんを見つめ微笑む。



「無理に応えようとしなくていいよ。そんなの素人でもわかるよ。無理だって言えば解決するんだよ。あ、でも貴重な体験ができて私は嬉しかったです。ありがとう、いっぱい優しくしてくれて」



彼女気分を、それも善くんの彼女気分を味わうことができたのだ。これ以上の幸福はない。



私は上体を起こし、私を抱きしめている善くんの腕から抜け出した。


善くんも少しの間を開けて体を起こした。髪に触れ、うなだれる。静かに息を吐く。


それから、善くんは目を合わせた。常夜灯の下、ひどくまっすぐ私を見つめ、言った。



「──ごめん」



私は声を出して笑ってしまった。



「布団敷こうか」

「うん」

「昨日ちゃんと干したから安心してね」



電気をつけて、布団を引っ張り出してきて、ベッドの隣、床の上に敷いて、「おやすみ」と言い合って、電気を消した。


5分、10分と経った頃、善くんの声がする。



「可愛いっつったのは嘘じゃねえから」



善くんの甘い声が反芻される。


──…可愛くてしょうがねえわ。



「……ありがとう。とても嬉しかったです」

「敬語やめろ」

「ごめん」



もうすぐ25歳になる、12月の寒い寒い夜のこと。



「せめて花乃とは繋がっといて」

「もう昔みたいなことはしないよ」

「信頼ねえから」

「ほんとだって」



私は、初恋の人にふられた。



    

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