第32話
お風呂から上がって、特に興味のないテレビを鑑賞したり、善くんが作ってくれたココアを飲んだりして、0時を過ぎた頃、一緒にベッドに入った。
その間、過度に触れ合うことはなく、さすがに同じベッドで眠ったことはないけれど、スキンシップのない時間が懐かしく、無性に嬉しかった。
「昔に戻ったみたいだったね」
そう笑えば、善くんは黙って私を抱き寄せた。
突如始まったスキンシップに身構えようとして、体は強張る前に脱力した。
「俺途中でソファに移るかも。起こしたらごめんな」
そのとき、久しぶりに善くんの声を聞いた、なんて、随分とおかしなことを思った。
善くんを見上げる。暗がりでは顔が見えない。
「一緒に寝るの苦手なの? もう1組布団があるから敷こうか?」
「いや、いい」
「なんで? 途中で移動しなくても、初めから別々で寝たらよくない?」
「いい」
「そういうこだわり?」
恋愛ド素人には理解できないが、まあ、善くんがいいと言うならいいのだろうか。
私は善くんの腕から逃れ、善くんに背中を向ける。
「せめて離れて寝ようよ。そしたら、もしかしたら善くんも寝られるかもしれない」
「……寝れねえとは言ってねえよ」
「言ったようなものだよ」
おそらくは轟音の中でも眠れるであろう図太い私は、あくびを殺して目を閉じる。
すると、善くんが後ろから腕をまわした。善くんの方が体が大きいのだから「抱きしめられた」が妥当な表現なはずなのに、私はなぜか「抱きついてきた」と思った。
「したら寝れる」
「…、」
「疲れるから」
善くんと久しぶりに話している気がする、と思うなんて、やっぱりバカな話だな。
「疲れないと寝れないのか」
「人の気配あると落ち着かねえだろ?」
「うーん、私はあまりわからない」
「あー、修旅のバスでも爆睡してたもんな」
「あれは誰しもが爆睡する乗り物だよ」
善くんは笑う。
善くんが笑うと嬉しい。
「ねえ、じゃあ別に布団敷こうよ」
「いい」
「何の意地なの? 別に私、私が下で寝るから! とか優しいことは言わないよ? 善くんが床で寝ればいいよ」
「いい」
「じゃあ離れて寝ようよ」
「いい」
「ええ……まあ、善くんの好きにしたらいいか」
私は、どういった塩梅なのか、このスキンシップには緊張せずに済んだ。いくら「抱きつかれ」ても熱は高まらない。10代のころ、部屋のベッドで眠っていた善くんに一度も緊張しなかったように。
代わりに抱きしめ返したい欲が膨らむが、それを今の善くんにしていいとは思わないから、ただ眠気に従って「おやすみ」と目を閉じた。
「……彼女扱いだろ」
ぼそっと呟く善くん。
私は即座に目を開いた。眠気も遥か彼方へ飛んでいったようだ。
「彼女扱い? どうして? 私彼女じゃないのに」
「は? 彼女だろ?」
「え、彼女だったの?」
「そうだろ」
「いや、知らないよ。なんで? 言ってよ」
「言ったろ」
「言った?」
知らずに呑気に過ごしていたが、とてつもなく大きな齟齬があったようだ。
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