第16話
私の聞いていた話し声が善くんにも聞こえていたかもしれない。いや、善くんと梶くんは同じクラスだったから、もっと早くからもっといろんなことを知っていた可能性の方が高いか。
善くんの目に映るのも恥ずかしくて、みっともない私をこれ以上知られたくなくて、後ろに下がった。
顔を上げられない。私は、善くんの上履きに向かってへらへらと笑う。
「わかった。ありがとう善くん」
声は震えなかった。
よかった。ブスがブスって指摘されて泣くみっともなさまで、上乗せされなくて。
そんな私の頭に手を乗せて、善くんは私の横を通り過ぎていった。なんとなく嫌な予感がして善くんを見上げれば、一瞬だけ横顔が見えた。それはこれまで見た覚えのないほど怖い顔だった。目なんかは一層饒舌に語った。善くんが今怒っていることを。
「待って!」
善くんは梶くんたちの声のする教室を見据えていたから、もしかして梶くんたちに怒っているの? と怖くなった。そうだとしたら、善くんは今から何をするの? 誰に何を言うつもりなの?
私は慌てて善くんの前に立ち塞がる。
「善くん、何もしないよね? 梶くんに何も言わないよね?」
「いとが自分で言えんの?」
「何も言わないよ。なんで? 何を言うの? 何も言うことないでしょ?」
善くんが眉をひそめる。善くんの怒りが私に向く。
いろんな角度を向いた「怖い」が暴走して、手に負えなくなって、わけがわからないまま善くんに言い返している。
「でも、しょうがない、でしょ? 梶くんの気持ちはよくわかる。というか、何も間違ったことは言われていない」
「……それ本気で言ってる?」
「だって、ほんとのことだった。ちょっと考えたらわかることばかりだった。私、自覚が足りなかったのかも。調子に乗ってたのかも。うん、そうだよ。告白なんか真に受けた私がわる、」
「んなわけねえだろうが!!」
善くんは珍しく大きな声を出して、梶くんたちの声がぴたりと止んだ。
善くんの怒鳴り声は初めて聞いた。心底苛立ったような表情も、冷静さを欠いた表情も、もどかしそうに眉間に皺を寄せた表情も、全部、初めて見た。
とんでもなく怒っていた善くんだったが、不意に怒りに満ちた顔は戸惑いを表した。勘違いでなければ、私が唇を噛み、眉を下げたからだろう。
「いと、」
善くんが様子を窺おうと、一歩踏み出す。
私は笑顔を作ってごまかして、わざとらしくなってしまったが「本当に何も言わなくていいからね」と明るい声で釘を刺し、善くんを置いて走り去った。
善くんには知られたくなかった。
いいよ。「ブスだ」とか「可愛くない」とか言われるの、慣れてるし、私も自分のことを可愛くないと思うし、私が男だったら私とだけは付き合いたくないなって思うし、いいよ、そんなのは、全然いい。
でも、善くんには知られたくなかった。
善くんには思われたくない。ブスだとか、顔を見たらアウト、なんて、思われなくない。可愛いって思わなくていいから、お願いだから善くんには、女としての価値を評価しないでほしい。
それとも、もうとっくにしてるのかな。よく私に手を出そうと思ったな、って、心の奥底では梶くんのことを尊敬したりしていたんだろうか。
「(善くんはそんな人じゃないのに…)」
恥ずかして、消えたくて、でも善くんが怒ってくれて嬉しくて、でも、恥ずかしくて、消えたくて。
善くんが怒ってくれて、嬉しくて。
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