第5話


善くんのお宅は真っ暗だった。嘘偽りのない事実として、本当に誰もいないらしい。



善くんは「テキトーに座ってて」と言ってキッチンで準備を始めた。座っているのも忍びないので「お手伝いすることはありますか?」と尋ねれば、寄る辺もなく断られた。


なので、ダイニングテーブルについて、カウンターキッチン越しに善くんを観察する。



「(──綺麗な人)」



「かっこいい」とか「モテそう」なんていう言葉よりも「息が詰まるほどの美しさ」という言葉が、善くんには合っている。その次に合うのは色気。その次は、凛。


善くんは雲の上の人。美しくて、芯のある、根源から綺麗な人。



「なあ、いと、やばい」



しばらしくして、善くんは、やばさの欠片も伝わらない口調でそう言った。



「え、どうしました?」

「バカうまいの作れたかも」



善くんは子供みたいな顔で笑いながら、テーブルにお皿を並べた。喫茶店で食べる方のオムライスではなかった。ドレスがつく方のオムライスだった。



「……え、天才でした?」

「かもしんねえ」

「サラダもスープもある……。やっぱり天才ですよ」

「いとが言うならそうだわ」



雲上人のくせに、善くんはそうやって大人の男の色気の中に少年らしい笑顔を見せるから、ずるい。



善くんが作ってくれたオムライスは、美味しすぎて遠慮なくばくばくと食べて完食した。せめてもののお礼にお皿を洗い、さあ、どのタイミングで帰ろうか、と考えていれば、善くんがコーヒーを淹れてくれた。


「リビングで飲もう」と誘われ、コーヒーカップを持ってソファに向かう善くんに呼ばれるままに、私はふらふらと近寄った。



「コーヒーまでありがとうございます」

「どーいたしまして」



善くんはソファに腰を下ろした。私はソファを汚しかねないので、ソファに背を向ける形でラグの上に座ることにした。


カップに口をつければ、これはインスタントではないだろうなという味がして、怯む。もしかしたら善くんのおうちにはインスタントという概念がないのかもしれない、というところまで想像すれば、なおのこと恐ろしい。



「(立派な家だもんな……)」



そもそもの外見レベルの相違に引け目を感じているというのに、今夜はさらに身分の違いのようなものを感じざるを得ず、小さくなった。


それと同時に、善くんがソファから下りて私の隣に座った。


近い、と思った私などお構いなしに、体を寄せ、その上に善くんはその美しく整った顔を近づけて、平然と私を窮地へと追い込むのだ。



「それで?」

「は、い、、」

「俺になんか言うことねえの?」



私の返事を待たず、善くんは矢継ぎ早に言う。



「ないわけねえよな? いつ言うんだ? 今日は言わねえつもりか?」



目を細めて首を傾げる善くんに、私は思う。


──この人、怒ってる。



「……も、しわけありませんでした」

「何が?」

「音信不通にした挙句電話番号を黙って変えて、申し訳ありませんでした」

「は、遅えわ」



善くんはソファにもたれかかり、嘲るように笑った。


私は正座して善くんに体の正面を向けた。



「ほんとうにごめんなさい」

「そんな何年も怒らねえから。触れる気配ねえからからかっただけ」

「……大変申し訳なく思っています」

「知ってるよ。だから敬語なんだろ」

「…、」

「お前、単純だわ」



善くんはおかしそうに頬を緩ませる。


許された、のかもしれない。善くんの雰囲気や口調の変化に安堵しそうになったが、善くんは流し目で私を射て、私の安堵を吹き飛ばした。



「急だったよな? 何かあったの?」

「……ちょっと、あの、」

「何?」

「……し…下心を、撲滅、したくて」



不可解な行動原理だ。善くんが眉を寄せるのもうなずける。私は心の底より申し訳なく、「本当にすみません」と背中を丸めた。



    

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